妻・康子(さだこ)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 04:26 UTC 版)
勘解由小路資承の長女(庶子)で武者小路実篤の母方の従妹。10歳から華族女学校に学ぶ。中等科の同級生にのちに女優になる東山千栄子がいた。家の事情で卒業2年前に退学。1908年(明治41年)、勘解由小路家の縁戚で男爵家の軍人川口武孝と結婚、娘・喜久子をもうけるが、夫が病死し未亡人となる。武者小路夫妻の紹介で直哉と見合いし結婚。喜久子は武者小路夫妻が養女にしている。癇癪もちで時に暴力をふるう直哉を辛抱強く支えた。直哉の門人たちにも慕われており、河盛好蔵は「日本三名夫人の一人(他二人は小泉信三、辰野隆の妻)」と評した。
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