大中臣継麻呂とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 大中臣継麻呂の意味・解説 

大中臣継麻呂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/11 04:56 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
 
大中臣継麻呂
時代 奈良時代
生誕 不明
死没 不明
官位 従五位上但馬守
主君 称徳天皇光仁天皇桓武天皇
氏族 大中臣氏
父母 父:大中臣清麻呂
兄弟 宿奈麻呂子老継麻呂諸魚、老人、今麻呂、藤原瀧麻呂室
貞麻呂、広河、淵魚
テンプレートを表示

大中臣 継麻呂(おおなかとみ の つぐまろ)は、奈良時代貴族右大臣大中臣清麻呂の三男。官位従五位上但馬守

経歴

称徳朝神護景雲4年(770年従五位下叙爵し、翌宝亀2年(771年)に勅旨少輔に任ぜられる。光仁朝では摂津亮備中守山背守と主に地方官を歴任する。宝亀10年(779年)に従五位上に叙される。

桓武朝初頭は、天応元年(781年)衛門佐、天応2年(782年右少弁次いで治部大輔と京官を務めるが、その後は延暦5年(786年大和守、延暦7年(788年但馬守と再び地方官を歴任している。

官歴

系譜

「中臣氏系図」(『群書類従』巻第62所収)による。

参考文献




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「大中臣継麻呂」の関連用語

大中臣継麻呂のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



大中臣継麻呂のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの大中臣継麻呂 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS