夜鶴庭訓抄
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/18 13:37 UTC 版)
夜鶴庭訓抄(やかくていきんしょう、1168年 - 1177年頃、藤原伊行著)は、世尊寺家6代伊行が娘の伊子(これこ、後の建礼門院右京大夫)のために書いた日本最初の和様の書論である。「夜鶴」には巣篭もりする鶴が夜通し眠らずに子を守るという意味があり、「庭訓」とは家庭の教訓である。平安時代の末期になると書の秘事口伝を重視するようになり、本書には有職故実を重んじながら書式や揮毫の作法など11項目を詳細に書き記してある。その第1項目には、「一、さうし書様。まづひきひろぐるはしより書くべし。(中略)又ての様々を一帖がうちにみせてかゝるべし。やうやうといふはいろはがき、さうみだれたるさまかへて書くべし。」とあり、世尊寺家歴代の書を見れば、この記述の実践者であったことを知ることができ、世尊寺流の伝えを知るには重要なものである。なお最後に能書24人が挙げられている。
※この「夜鶴庭訓抄」の解説は、「日本の書論」の解説の一部です。
「夜鶴庭訓抄」を含む「日本の書論」の記事については、「日本の書論」の概要を参照ください。
Weblioに収録されているすべての辞書から夜鶴庭訓抄を検索する場合は、下記のリンクをクリックしてください。
全ての辞書から夜鶴庭訓抄を検索
- 夜鶴庭訓抄のページへのリンク