埋め立てごみの露出
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/19 03:31 UTC 版)
この侵食の影響で、2003年(平成15年)9月には砂丘に埋め立てられていたごみがむき出しとなった。これは、1972年(昭和47年) - 1980年(昭和55年)頃に掛けて旧浜松市から発生した家庭ごみが中田島砂丘東側の一角(馬込川西岸の河口近く)、幅およそ350m、奥行きおよそ250mに渡り埋め立てた時のものであり、およそ13万トンもの量が廃棄されていると見られている。当時は海岸線からおよそ180mの位置に埋め立てたのだが、30年の間に侵食によって海岸線がその180m分後退し、ごみが崖となって海岸線に現れた。この問題に対して、浜松市は2003年(平成15年)末にごみの流出を阻止するための応急措置を施した。その際、浜松市はこの埋め立てごみの存在によって周辺地域や海洋の汚染に繋がるものではないと判断し、ごみはそのまま中田島砂丘に鎮座することとなった。なお、このごみを完全に撤去するにはおよそ80億円もの費用が必要になると見込まれている。
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