国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)入党
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/19 13:47 UTC 版)
「ヴァルター・ツィンマーマン (親衛隊隊員)」の記事における「国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)入党」の解説
第一次世界大戦後、ヴァルター・ツィンマーマンはフリーランスのセールスマンとして生活していたが、同時に工兵としてヴァイマル共和国軍第10猟兵連隊(Jäger Regiment 10)での勤務も続けていた。その他、ツィンマーマンは建設技術者や専門家の集団「緊急技術援助隊」(TENO)にも参加した。 1932年8月1日、ツィンマーマンは国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP:ナチス)へ入党した(ナチ党員番号1 378 990)。数ヵ月後の1933年1月3日には親衛隊(SS)へ志願入隊し(SS隊員番号59 684)、ドレスデンの第46SS連隊(46. SS-Standarte)に配属された。 第46SS連隊配属後、ツィンマーマンは同連隊の工兵小隊の創設に携わり、工兵のアドバイザーとして活動した。次いでスポーツ・技術学校の教官としてライスニヒ(Leisnig)の突撃隊訓練司令部で働き、また、1933年の初旬は「国家防空連盟」(RLB)にも所属。1933年1月17日付でSS軍曹(SS-Scharführer)、1933年11月9日付でSS曹長(SS-Oberscharführer)へ昇進した。 なお、戦間期にツィンマーマンはヨーロッパ各国を旅行し、オランダ語、フランス語、英語、イタリア語、チェコ語を会得した。
※この「国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)入党」の解説は、「ヴァルター・ツィンマーマン (親衛隊隊員)」の解説の一部です。
「国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)入党」を含む「ヴァルター・ツィンマーマン (親衛隊隊員)」の記事については、「ヴァルター・ツィンマーマン (親衛隊隊員)」の概要を参照ください。
- 国家社会主義ドイツ労働者党入党のページへのリンク