君ヶ濱から名跡変更、時津風一門に復活
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/28 08:01 UTC 版)
「井筒部屋」の記事における「君ヶ濱から名跡変更、時津風一門に復活」の解説
高砂一門における井筒部屋が、母体とした九重部屋と合併したことから、君ヶ濱部屋を率いる8代君ヶ濱(元関脇・鶴ヶ嶺)は、1977年(昭和52年)12月に12代九重が所有する年寄名跡・井筒と名跡交換を行い14代井筒を襲名して、部屋の名称を君ヶ濱部屋から井筒部屋へ改称した。これに伴い、井筒部屋は再び時津風一門の系統に属することとなった。同時に、代々鹿児島県出身者によって受け継がれてきた井筒の名跡は、再び鹿児島県出身者が名乗ることになった。 14代は大関・霧島(鹿児島県出身)を初めとして、実子である関脇・逆鉾や寺尾など数多くの関取を育て上げた。 1994年(平成6年)4月に14代は停年(定年)退職を迎えたため、部屋付き親方である18代春日山(元関脇・逆鉾)が15代井筒を襲名して部屋を継承した。同年11月場所において鶴ノ富士が新十両へ昇進し、15代が部屋を継承してからは初となる関取が誕生した。2012年5月場所にはモンゴル出身の鶴竜が大関へ昇進し、2014年5月場所には第71代横綱へ昇進した。 2004年1月には、部屋付き親方である20代錣山(元関脇・寺尾、15代井筒の実弟)が分家独立して錣山部屋を創設している。
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