同盟の締結
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/07/12 17:57 UTC 版)
同盟は元亀3年(1572年)11月20日、織田信長が、上杉謙信が派遣した使者である長景連の面前で熊野午王の誓紙に血判を押し、さらに自分の息子を越後に人質として送ることで締結された。 「長与市(景連のこと)参着。信長則ち公(謙信)の諜書を被閲し、景連に会面して、渠が眼前に於て牛王宝印を翻し、血判をそそぎて返簡をわたさる」(北越軍談)。 ただし、この同盟は対等な同盟ではない。相質(人質交換)をしておらず、信長だけが上杉氏に人質を差し出している謙信優位の軍事同盟であった。
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