北軍歩兵部隊の行軍
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/12 15:37 UTC 版)
「アポマトックス駅の戦い」の記事における「北軍歩兵部隊の行軍」の解説
午後10時頃、エドワード・O・C・オード少将のジェームズ軍ジョン・ギボン少将の第25軍団ジョン・W・ターナー准将の師団が、アポマトックス駅から約3マイル (4.8 km)、サウスサイド鉄道と交差する道路に達し、夜明けから30マイル (48 km) を行軍していた。ターナーの部隊は、アポマトックス駅で捕獲された列車が送られていた場所で停止した。ロバート・S・フォスター准将の師団が、約1時間後に宿営地に到着し、その後に第25軍団第2師団の2個旅団からアフリカ系アメリカ人部隊が続いた。歴史家のエドワード・ロングエーカーは、第25軍団がその日行軍した北軍部隊のどれよりも長距離を進んでおり、異常なほどの忍耐力を示していたと述べている。チャールズ・グリフィン准将の第5軍団がオードの軍勢の後に到着したとき、道路を遠く下がっていたためにアポマトックス駅で捕獲した物資の恩恵を受けられず、空の雑嚢で宿営した。
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