児玉町
児玉町
児玉町
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/15 10:07 UTC 版)
こだままち 児玉町 |
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長泉寺にある骨波田の藤
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廃止日 | 2006年1月10日 | ||||
廃止理由 | 新設合併 児玉町、(旧)本庄市 → 本庄市 |
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現在の自治体 | 本庄市 | ||||
廃止時点のデータ | |||||
国 | ![]() |
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地方 | 関東地方 | ||||
都道府県 | 埼玉県 | ||||
郡 | 児玉郡 | ||||
市町村コード | 11382-4 | ||||
面積 | 52.99 km2 | ||||
総人口 | 21,122人 (2006年1月1日) |
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隣接自治体 | 本庄市 児玉郡:神川町、神泉村、上里町、美里町 秩父郡:長瀞町、皆野町 |
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町の木 | ウメ | ||||
町の花 | キク | ||||
町技 | サッカー | ||||
児玉町役場 | |||||
所在地 | 〒367-0298 埼玉県児玉郡児玉町大字八幡山368番地 |
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座標 | 北緯36度11分27秒 東経139度07分43秒 / 北緯36.19094度 東経139.12856度座標: 北緯36度11分27秒 東経139度07分43秒 / 北緯36.19094度 東経139.12856度 | ||||
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ウィキプロジェクト |
児玉町(こだままち) は、埼玉県北西部、児玉郡にあった人口約2万1千の町である。
2006年(平成18年)1月10日に(旧)本庄市と合併(新設合併)し、新たに本庄市(本庄市の一地区)となったことに伴い消滅するが、住所は依然として「本庄市児玉町○○」と「町」を含め表記する。(読みは「ほんじょうしこだまちょう○○」である。)
地理
隣接していた自治体
歴史
- 1889年4月1日 - 町村制施行に伴い、児玉郡児玉町・八幡山町が合併し、児玉町が発足する[1]。
- 1955年3月20日 - 町村合併促進法により、児玉郡児玉町・金屋村・秋平村・本泉村が合併(新設合併)し、新たに児玉町となる[2]。
- 1957年7月18日 - 児玉郡共和村のうち大字今井及び大字共栄字北共和を除く区域を編入する[3][4]。
- 2006年1月10日 - (旧)本庄市と合併(新設合併)し、新たに本庄市となったことに伴い消滅する。
経済
産業
- 農業
『大日本篤農家名鑑』によれば児玉町の篤農家は、「井田春太郎、島田伊與太郎、岩岸和七、中林義國、岩崎金三郎、伊予部平吉、浅見平三郎、倉林八太郎、青木浅次郎」などがいた[5]。
行政
歴代町長
- 筑紫権四郎
- 大場知旨
- 倉林延枝
- 根岸幸平
- 小柏儀一
- 木村登志男
地域
教育
- 小学校
- 児玉町立児玉小学校
- 児玉町立共和小学校
- 児玉町立金屋小学校
- 児玉町立秋平小学校
- 児玉町立本泉小学校
- 中学校
- 高等学校
交通
主な道路
鉄道
観光

出身有名人
脚注
参考文献
- 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1980年7月8日、1296-1299頁。ISBN 4040011104。
関連項目
外部リンク
- 児玉町役場ホームページ - 2006年1月6日時点のアーカイブキャッシュ
固有名詞の分類
- 児玉町のページへのリンク