儀式・風習
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/18 13:56 UTC 版)
実隆の時代には公家は政治の実際から外れ、朝儀として正式に行われた儀式は元日を含め、年に数回あるかどうかであった。例年、『実隆公記』の元日は、これらの儀式について詳しく書かれているほか、朝廷の復興を望む記述が毎年のようになされている。 9月9日の重陽の節句にも、毎年のように「幸甚」であるとの記述がなされている。また、「日待」や「月待」として日の出や月の出を待って太陽や月を拝む風習もあった。日待の間、実隆が熱中していた将棋を何番も指していたという記述もある。 そのほか、5月に賀茂別雷神社(上賀茂神社)で行われる競馬会神事(いわゆる賀茂競馬)を見物したり、10月には亥の子餅を食したりするなど、当時の風習を知ることができる史料ともなっている。
※この「儀式・風習」の解説は、「実隆公記」の解説の一部です。
「儀式・風習」を含む「実隆公記」の記事については、「実隆公記」の概要を参照ください。
- 儀式・風習のページへのリンク