今井礼欧
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/17 07:12 UTC 版)
今井 礼欧(いまい れお、1973年 - )は、日本の神奈川県横浜市出身・ベルギー在住の、ヨーロッパでは唯一の日本人のビール醸造家である[1]。
来歴
1973年、神奈川県横浜市出身[2]。この年に江崎玲於奈がノーベル物理学賞を受賞したことから、礼欧(れお)と名付けられた。小学5年から大学卒業まで横浜市栄区で暮らす[3]。研究者を目指し東京理科大学理学部化学科に進学。その頃にJリーグが発足し、高校時代はサッカー部だったこともあり横浜マリノスの応援に熱中する。その中で、幅広い職種や年齢層の客がビールやカクテルをきっかけに知り合えるサッカーバーに関心を持ち、サークル活動でカクテル研究会を結成。バーテンダー経験者に刺激を受け、自身もバーテンダースクールで学んだ[4]。
卒業後はキリンビールに就職[2]。店舗運営を学びたいと考え、外食事業部に配属を希望した。接客をしているうちに、自らでビールを作ることを思い描く。入社3年目よりドイツのデュッセルドルフの支店に駐在し、アルトビールに出会う。2年間の駐在期間のうちに醸造を学びたい気持ちが固まり、ビール会社を退社しスコットランドのヘリオット・ワット大学で1年間学んだ[注釈 1]。その後ドイツに渡り、バイエルン州レーゲンスブルクのプレッセルブラウ醸造所で2年間社員として勤めた[4]。ドイツではビール純粋令により麦芽100%ビール以外作ることができず、多彩なベルギービールのある隣国ベルギーに移る[5]。2006年に日本食に合うビール「欧和」を開発した[6]。2007年に独立し、ブリュッセルに小さな醸造所を開業したが、生産が追い付かず他の醸造所に間借りしている[5]。
欧和

「欧和」は、礼欧の名前から欧と、日本をイメージする和から名付けられ、アルファベットでは「OWA」と表記する[5]。ドイツのアルトビール「ツム・ユーリゲ」に着想を得ており[4]、しっかりしたホップの香りが特徴である。液色はアンバーで炭酸は強め。口に含むとほのかな甘さとカカオ豆を思わせる香りがある[7]。日本食の中でも焼き鳥の香ばしさに合うよう麦芽を焙煎し、後味がすっきりするように糖分は控えめにしている[5]。
「黒欧和グラン・クリュ」は、フランスのボルドーでワイン「クロ・レオ」を醸造する篠原麗雄[注釈 2]と意気投合して作ったスタウトタイプのビールで、クロ・レオの樽で熟成させた[9]。このほか、桜や梅など、和の素材を使ったランビックも製造している[5]。
「欧和」「黒欧和」はヴァン・デン・ボッシュ醸造所で醸造され、「梅・桜・柚子ランビック」は、デ・トロフ醸造所のランビックに、それぞれの副原料を漬け込んで作られる[2]。
脚注
注釈
出典
- ^ “ベルギーから世界へ 日本人クラフトビールスタートアップ” (PDF). 高知大学 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) 大学院リーグ講演会. 2025年5月12日閲覧。
- ^ a b c “欧和醸造所のある町”. ベルギービールJapan. 2025年5月9日閲覧。
- ^ “ヨーロッパでビール醸造家として活躍する今井 礼欧さん”. タウンニュース港南・栄区版. (2016年12月15日) 2025年5月9日閲覧。
- ^ a b c “私の“きっかけ”ビール[4杯目] 欧和 今井礼欧さん『 ツム・ユーリゲ アルトビール 』”. 日本ビアジャーナリスト協会. (2015年11月9日) 2025年5月9日閲覧。
- ^ a b c d e f “ベルギーのプロに聞く N0.7 今井 礼欧さん”. ベル通 (2012年6月4日). 2025年5月12日閲覧。
- ^ “欧州ベルギーで独自ビールブランドを起ち上げた日本人、今井 礼欧氏”. サムライバックパッカー・世界一周をした若き起業家のメモ (2012年5月8日). 2025年5月12日閲覧。
- ^ “欧和(おうわ):ベルギーと日本の架け橋となるビール”. クラフトビール東京 (2012年9月21日). 2025年5月12日閲覧。
- ^ “第130回”. 読売テレビ放送 グッと!地球便 (2010年10月12日). 2025年5月13日閲覧。
- ^ “黒欧和グラン・クリュ”. 田中一光商店. 2025年5月12日閲覧。
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