レムスとの決闘とは? わかりやすく解説

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レムスとの決闘

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/07 09:39 UTC 版)

ロームルス」の記事における「レムスとの決闘」の解説

新し王国作り上げるために、双子どのような土地相応しいか議論交わしたレムスアウェンティヌスの丘城壁を築くべきだと進言したが、ロームルスパラティーノの丘が適切であると考えていた。二人は神の啓示決めよう話し合い二つの丘にそれぞれ祭壇用意した先にレムス祭壇には神の僕であるが6羽舞い降りたが、少し後にロームルス祭壇には12羽の舞い降りたロームルスはより多いが使わされた事から啓示は自らに下された考えパラティーノ丘に街の建設始めた兵士達は丘の周り城壁国境線兼ねた溝を掘り住居農地切り開いていった。だがレムスは数は少なくとも、先に舞い降りた自らの方こそ神の啓示受けたのだと譲らなかった。何時しかロームルスレムス口論重ね様になり、兄弟仲は非常に悪くなっていった。 そしてある時、レムスは兄に対す侮辱として国境の堀を飛び越えて見せた後代歴史家リウィウスによれば弟の挑発ロームルス激怒しレムス決闘を行う事になった。共に武勇知られる兄弟であったがこの戦いでロームルスの方が勝りレムス命を落とした。弟の亡骸前にしてロームルスは「この壁を越えんとする全ての者に災いを」と祈り捧げたという。 リウィウス同時に後世にはもう一つ伝承残っているとも書き残している。その伝承では壁を乗り越えたレムス殺めたのはファビウスという将軍であったロームルスファビウス行動認めつつも、弟の死を悼んで丁重に埋葬したという。

※この「レムスとの決闘」の解説は、「ロームルス」の解説の一部です。
「レムスとの決闘」を含む「ロームルス」の記事については、「ロームルス」の概要を参照ください。

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