レドンダ王国
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/03 05:32 UTC 版)
1865年、アイルランド人の貿易商マシュー・ダウディ・シール(Matthew Dowdy Shiell)が、まだどこの国にも属していなかったレドンダに上陸し、一方的に王国樹立を宣言した。このレドンダ王国の王位は、現在まで継承されている。 1880年にマシュー・ダウディ・シールの15歳の息子がフェリペ王として戴冠した(彼はのちに「プリンス・ザレスキー」シリーズなどで推理作家として成功するマシュー・フィップス・シール(英語版)である)。1947年にフェリペが死去すると後継者に指名されていた詩人のジョン・ゴーズワース(英語版)がフアン1世として即位した。 彼は1967年に友人ジョン・ロバーツに王位を譲り退位したが、1970年にフアン1世が亡くなると、出版業者のジョン・ウィン・タイソン(英語版)が王位継承権を譲られたと主張し、そうでなくとも根拠の薄いレドンダ王国はさらに混乱することになる。現在では前者の流れをくむレオ王(ウィリアム・レナード・ゲイツ)、後者の系統であるロバート王(ロバート・ウィリアムソン)が互いに正統性を主張しており、その他にもスペインの作家ハビエル・マリアスなどレドンダ国王を自称する者が数人いる。
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