ミハイル1世 (コンスタンディヌーポリ総主教)とは? わかりやすく解説

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ミハイル1世 (コンスタンディヌーポリ総主教)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/13 09:21 UTC 版)

ミハイル1世キルラリオスΜιχαήλ Α΄ Κηρουλάριος, Michael I Cerularius, 1000年頃 - 1059年1月21日)は、正教会コンスタンディヌーポリ総主教(在位:1043年 - 1059年)。「ミハイル」は中世以降変化したギリシャ語・現代ギリシャ語の読みを反映した転写で、古典ギリシャ語の再建音風の転写をすれば、ミカエル1世ケルラリオスもしくはミカエール1世ケールーラリオスとなる。ミカエル・ケルラリオスとも表記される。


  1. ^ カトリック教会司祭は現在でも妻帯が許されないが、正教会の司祭輔祭叙聖される前であれば妻帯が許される(但し再婚は不可)。そして主教は妻帯は許されない。詳しくは神品 (正教会の聖職)の項を参照。
  2. ^ 「関係改善を模索していた」と言う事は、既に溝が広がっていたということである。本記事内の「『相互破門』の有効性」の項目にも詳述するように、この時代、東西両教会の距離は既に広がっていた。


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