プログレ時代(1976年 - 1978年)
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「ジェネシス (バンド)」の記事における「プログレ時代(1976年 - 1978年)」の解説
その後は、3作目以降のドラマーであったフィル・コリンズがリード・ボーカルも担当し、よりリズムを強調した新しいプログレ・サウンドに変化する(フィル・コリンズがボーカルをとることにより、ドラム担当としてビル・ブルーフォードが一時的に加入してライブ活動に加わったりしたが、それ以降はフランク・ザッパ・バンドなどで知られるチェスター・トンプソンが準レギュラーとしてコンサートに帯同している)。同時期にフィルはブランドXに参加、当該プロジェクトにおいてテクニカルなフュージョンの可能性を追求したりもしている。 さらに、ギタリストのスティーヴ・ハケット脱退後は、ベーシストのマイク・ラザフォードがギターも担当するというトリオ編成となった(ステージではダリル・ステューマーが準レギュラー参加し、マイクと同様楽曲ごとにギターとベースを兼任)。3人でレコーディングした1978年発表の『そして3人が残った』では、それまでよりポップス色を深め、アメリカでの人気を不動のものとする。「フォロー・ユー・フォロー・ミー」がアメリカでもヒットした。1978年11月、初来日コンサート。
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