ブルー・スエード・シューズの大ヒット
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/23 18:12 UTC 版)
「カール・パーキンス」の記事における「ブルー・スエード・シューズの大ヒット」の解説
1955年秋、パーキンスはあるダンサーがデート中にスエードの靴に傷がついて怒っているのを目撃し、『ブルー・スエード・シューズ』を作曲した。数週間後の1955年12月19日、パーキンスとバンドのメンバーはメンフィスのサン・スタジオでセッション中にこの曲をレコーディングした。フィリップスの提案で歌詞を「Go, cat, go 」から「boogie vamp 」に変更した。1955年11月、プレスリーがステップアップを求めてサン・レコードを離れRCAレコードに移籍し、1954年終盤からパーキンスのレコーディングを担当していたフィリップスはパーキンスに「カール・パーキンス、今君が私のロカビリー・キャットだ」と語った。サン・レコードは、プレスリーに続く看板アーティストとしてパーキンスに白羽の矢を立て、ロカビリー・シンガーとして売り出した。1956年1月1日、『ブルー・スエード・シューズ』が発表され、大ヒットした。アメリカでは『ビルボード』誌のカントリー・チャートで第1位(彼にとって唯一の第1位)、ポピュラー・チャートで第2位を獲得した。3月17日、パーキンスはカントリー・ミュージシャンとして初めてリズム・アンド・ブルース・チャートで第3位を獲得した。その夜、ABCの『Ozark Jubilee 』でテレビ・デビューし、この曲を演奏した。 イギリスではこの曲は第10位にランクインした。サン・レコード所属アーティストで100万枚売り上げた最初の曲となった。B面の『ハニー・ドント』はビートルズ、ワンダ・ジャクソン、T・レックスにカヴァーされた。ビートルズ版でジョン・レノンがリードだったが、後にリンゴ・スターになった。レノンは『Lost Lennon Tapes 』でもこの曲を演奏した。
※この「ブルー・スエード・シューズの大ヒット」の解説は、「カール・パーキンス」の解説の一部です。
「ブルー・スエード・シューズの大ヒット」を含む「カール・パーキンス」の記事については、「カール・パーキンス」の概要を参照ください。
- ブルー・スエード・シューズの大ヒットのページへのリンク