フィリピンの主張
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/12 05:20 UTC 版)
スカボロー礁は遅くとも16世紀には、すでにその付近海域はフィリピンの漁民の漁場だった。 スペインがフィリピン諸島をアメリカに割譲した1898年のパリ条約、1900年のワシントン条約(英語版)、1930年の英米条約(英語版)では、東経118度をフィリピンの西限としており、スカボロー礁はこの範囲の外側にある。1935年の旧「フィリピン共和国憲法」および1961年の「領海基線法」にも同様の規定がある。 しかし、フィリピン外務省は、スカボロー礁は「島」ではなく「岩」であって、これらの条約等の対象とされていないと主張している。そして、フィリピン外務省は、パルマス島事件を代表とする常設仲裁裁判所での国際公法上の判例を踏まえると、領有権は歴史的な主張や領有ではなく、管轄権の有効な行使 (effective exercise of jurisdiction) に基づいて判断されるべきであるとしている。 なお2009年の「領海基線法」により、南沙諸島の一部の島・礁(太平島を含む)、スカボロー礁を正式かつ法的に自国の領土と規定している。
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