ピアノ協奏曲第1番_(リャプノフ)とは? わかりやすく解説

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ピアノ協奏曲第1番 (リャプノフ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/05 15:02 UTC 版)

ピアノ協奏曲第1番 変ホ短調 作品4 は、セルゲイ・リャプノフが1890年に作曲したピアノ協奏曲

概要

1878年にモスクワ音楽院に入学してクリントヴォルトタネーエフの教えを受けたリャプノフは、1883年に同校を卒業した[1]。その後バラキレフに出会うと1885年にはサンクトペテルブルクに移り住んで自らバラキレフの側に身を置くようになる[1]。こうしてリャプノフは当時台頭していたベリャーエフ・サークルからも、新たな音楽を模索していた新しい世代の作曲家たちからも距離を取ることになる[2]。1888年に初演された彼の交響曲第1番には助言を与えたバラキレフの影響が色濃く表れている[1]

本作の作曲にあたってもリャプノフはバラキレフに助言を仰いでいた。緩徐楽章の作曲に苦労しているというリャプノフに対し、バラキレフはショパンの2作(第1番第2番)、ヘンゼルトのピアノ協奏曲のラルゲット、アレンスキーピアノ協奏曲のアンダンテを勉強するように伝えたという[1][注 1]。バラキレフはさらに、楽譜の準備が整った初演の直前にも土壇場の修正を要求している。「最後に和声が調和しないひとつまたはふたつのパッセージを変更する必要があった[1]。」1890年に全曲が完成され[1][2][4]、バラキレフへと献呈された[4]。バラキレフは本作を気に入っていたらしく、現存する彼の写真の1枚においては傍らにあるピアノの譜面台にこのピアノ協奏曲の楽譜が置かれて一緒に写されている[1]

初演は1891年4月8日に無料音楽学校の演奏会で、バラキレフの指揮、I A Borovkaのピアノにより行われた[4][5]。その後もワシリー・サペルニコフコンスタンチン・イグームノフ、ヴェラ・イヴァノヴナ・スクリャビナ(スクリャービンの妻)、ヨゼフ・ホフマンらが本作を取り上げている[1]。本作は1904年にベリャーエフの遺志により創設されたグリンカ賞を獲得した[1][2][4][注 2]。この時には他にアレンスキーのピアノ三重奏曲第1番ラフマニノフピアノ協奏曲第2番スクリャービンピアノソナタ第3番第4番、タネーエフの交響曲第4番が同賞を受賞している[2][4]

本作は初期作品でありながら既に後年まで継続するリャプノフの作風が示されており、リャプノフが早くから己の歩む道を定めていたことがわかる[7]。形式的には単一楽章形式を取っており、リストピアノ協奏曲第2番リムスキー=コルサコフピアノ協奏曲に似た構造となっている[1]。ピアノ書法が優れているのみならず、コーラングレを効果的に使用するなど管弦楽法にも筆致の冴えをみせる[1]。当時のロシアのピアノ協奏曲に広く認められた弱点である独奏と管弦楽のバランスも、本作では巧みに解決されている[8]

楽器編成

ピアノ独奏フルート3(ピッコロ持ち替え)、オーボエコーラングレクラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン2、バストロンボーンチューバティンパニトライアングルシンバル弦五部

楽曲構成

多楽章形式の要素をソナタ=アレグロ形式の中に盛り込んだ単一楽章形式[9]。とはいえ、多楽章の役割を引き継ぐような部分要素に分割できるようにはなっていない[9]。構造上の特色としては再現部における主題の配置を第2主題、第1主題の順にする「アーチ型」にしていることが挙げられる[10]

序奏によって開始する[9]。管弦楽によって非常に「ロシアらしい」主題が提示される[2](譜例1)。この主題はボロディン交響曲第2番の冒頭主題に類似していると指摘されている[11]

譜例1


\relative c' {
 \new Staff {
  \key es \minor \time 3/4 \tempo "Allegro con brio." 4=152 \clef alto
  r4 <es es,>4.\ff ^\markup (Str.) <d d,>8 <es es,> <f f,> <ges ges,> <f f,> <es es,> <f f,>
  <des des,> <ces ces,> <es es,>4 <bes bes,> <ces ces,>8 <bes bes,> <des des,>4 <aes aes,>
  <ces ces,>2.~ q8\> q[ \acciaccatura { <bes bes,>16 <ces ces,> } <bes bes,>8 <aes aes,> <ces ces,> <ges ges,>\!]
  <aes aes,>4\> <ges ges,>\! r8 <ces ces,>\mf
  \acciaccatura { <bes bes,>16 <ces ces,> } <bes bes,>8\> <aes aes,> <ces ces,> <ges ges,> <aes aes,>4*1/2\p ~
  \hideNotes q8
 }
}

ただちに新しい旋律要素が現れ(譜例2前半)、さらに変ト長調に転じてシューマン風のクロスリズムを用いた材料を示す[1](譜例2後半)。ここでの前後半がそれぞれ後で曲の第1主題、第2主題へと発展を遂げる[12]

譜例2


\relative c' {
 \new Staff \with { \remove "Time_signature_engraver" } {
  \key es \minor \time 3/4 \set Score.tempoHideNote = ##t \tempo "" 4=152
  es2.^\markup (Hr.) \p \< ( f2 ges4) aes2.\mf ( ~ aes4 bes f) \acciaccatura aes8 ges4( f es
  des2\> es4) ces2 << { s4 f'\rest des2\p ^\markup (Ob.) } \\{ des,4~ des2. }  >>
  des'2.\! ( ~ des4. ges) es\< ( ges bes\> aes\! ) des,2\fermata 
 }
}

やがて管弦楽が音量を増していき、カプリチョーソからリスト風の技巧を示してピアノが入ってくる[13]。これにより序奏部が終了となってピアノによる第1主題の提示に移る(譜例3)。譜例2の前半部と同じ旋律である。

譜例3


\relative c'' {
 \new PianoStaff <<
  \new Staff \with { \remove "Time_signature_engraver" } {
   \key es \minor \time 3/4 \set Score.tempoHideNote = ##t \tempo \markup "" 4=124
   <<
    {
     es2.( f2 ges4 aes2.~ aes4 bes f)
     \once \override Arpeggio.positions = #'(-0.5 . 3)
     \slashedGrace aes8\arpeggio ges4( f es des2 es4)
    }
   \\
    {
     \set tieWaitForNote = ##t \override MultiMeasureRest.staff-position = #-4
     R2. R \grace { f,16 ces'~ es~ } <es ces>2. <d bes> <es bes>4 g,\rest g\rest R2.
    }
   >>
  }
  \new Dynamics {
   \override TextScript #'whiteout = ##t
   s2^\markup { \italic { dolce e cantabile } }
  }
  \new Staff \with { \remove "Time_signature_engraver" } {
   \key es \minor \time 3/4 \clef bass \stemDown
   es,,8^( bes' ges' es bes' es ges es bes es, ges bes,
   es, bes' aes' f ces' es aes d, bes f aes bes,)
   es,^( bes' ges' es bes' es ges es  bes es, ges bes,)
  }
 >>
}

譜例1を対位法的に扱った経過を挟み、やはり譜例1によるアンダンティーノへと推移して第2主題に備える。第2主題はチェロから示され、ピアノとの対話によって歌い進められていく(譜例4)。この旋律にはロシア民謡の影響が感じられる[14]。第2主題提示の終わりにはカデンツァが設けられている。

譜例4


\relative c' {
 \new Staff {
  \key d \major \time 2/4 \tempo "Adagio non tanto." 4=60 \clef bass
  r4 \clef tenor a\p ^\markup (Vc.) a4.( d8) b\<( [ d fis e\! ] ) a,( [ d cis a] ) b4\>( cis\! ) a
 }
}

続く展開部では管弦楽が譜例3を重々しく奏する上へ、ピアノが技巧的なアルペッジョを重ねていく[15]。この部分は変ロ長調に開始するが調性的には曖昧な性格をしている[2][15]。譜例1に基づく展開が続いて変ホ短調へと回帰し[2]、管弦楽のみによる展開が続けられた後にカプリチョーソから再びピアノが入ってくる。譜例4の再現はクラリネットから行われる。その最後には提示部同様に短いカデンツァが置かれる。曲の冒頭のテンポに戻って、管弦楽のドミナントペダルの上に序奏の素材が示される[15]ポコメノ・モッソグランディオーソとなってオーケストラから変ホ長調で譜例3が再現され、ピアノはオクターヴの上昇音型を合わせていく。この部分が全曲のクライマックスとなる[15]コーダでは譜例1と譜例3の素材が組み合わされ[16]、最終的にプレスティッシモとなって勢いよく締め括られる。

脚注

注釈

  1. ^ リャプノフは当初、本作を一般的な3楽章形式で構想していた。しかし2年ほど取り組んだ頃にバラキレフの助言を受け、単一楽章形式でまとめることを決意したのであった[3]
  2. ^ この時の賞金500ルーブルはベリャーエフの遺産から拠出されるものであった。バラキレフは1880年代後半にベリャーエフとの関係を断っており、バラキレフへの忠誠が厚かったリャプノフはこの賞を辞退することになった[6]

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l Garden 2002.
  2. ^ a b c d e f g Anderson 2010.
  3. ^ Cunev 2015, p. 15-16.
  4. ^ a b c d e Cunev 2015, p. 11.
  5. ^ Norris 1988, p. 124.
  6. ^ Chernyshev 2007, p. 5.
  7. ^ Cunev 2015, p. 1.
  8. ^ Cunev 2015, p. 15.
  9. ^ a b c Cunev 2015, p. 16.
  10. ^ Cunev 2015, p. 25.
  11. ^ Cunev 2015, p. 17-18.
  12. ^ Cunev 2015, p. 18.
  13. ^ Cunev 2015, p. 19.
  14. ^ Cunev 2015, p. 20.
  15. ^ a b c d Cunev 2015, p. 22.
  16. ^ Cunev 2015, p. 24.

参考文献

外部リンク




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