テアボーフェンの統治
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/23 21:41 UTC 版)
「クヴィスリング政権」の記事における「テアボーフェンの統治」の解説
「国家弁務官統治下のノルウェー(英語版)」も参照 1940年4月24日、ヨーゼフ・テアボーフェンがノルウェー担当国家弁務官(ドイツ語版)に任命され、ブロイアー大使に代わってノルウェーの統治を一任されることになった。テアボーフェンは国民連合以外の政党活動を禁止し、ホーコン7世とニューゴースヴォル内閣(英語版)の権限の無効を宣言した。また、9月25日には行政評議会に代わり、国民連合の党員11人を暫定評議員に任命し、ノルウェー統治を補佐させた。暫定評議員は内閣を構成しなかったが、ドイツ側には将来的に国民連合政権を発足させるための下準備という意図があった。 クヴィスリングは暫定評議会議長に就任し、国民連合の党員は彼に忠誠を宣誓することを強いられたが、大半の党員はクヴィスリングの理念に共感していたため、宣誓を受け入れた。暫定評議会は警察組織を再編し指揮下に置き、同時に労働義務の導入、労働市場の改革、刑法・司法制度の改革を通してナチズムの導入を推し進め、1941年9月25日にはテアボーフェンによって「閣僚」を名乗ることを許可された。
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