ジャチント・ファッケッティとは? わかりやすく解説

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ジャチント・ファッケッティ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/25 03:46 UTC 版)

ジャチント・ファッケッティ
インテルでのファッケティ (1967年)
名前
愛称 チペ、鉄のキャプテン
ラテン文字 Giacinto FACCHETTI
基本情報
国籍 イタリア
生年月日 (1942-07-18) 1942年7月18日
出身地 イタリア王国トレヴィーリオ
没年月日 (2006-09-04) 2006年9月4日(64歳没)
身長 189cm
体重 86kg
選手情報
ポジション DF (LSB)
ユース
1956 ツァンコンティGSD
1957-1960 CSトレヴィリエーゼ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1960-1978 インテル 475 (59)
代表歴
1964  イタリア U-21 1 (0)
1963-1977 イタリア[1] 94 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ジャチント・ファッケッティGiacinto Facchetti、ジアチント、ファケッティなどとも、1942年7月18日 - 2006年9月4日)は、イタリアトレヴィーリオ出身の元同国代表サッカー選手。ポジションはDF。DFでありながら、元々FWのポジションでプレーしていたため、高い得点能力を持ち、通算では78得点を挙げた[2]

経歴

イタリア代表としてワールドカップに3回、欧州選手権に1回出場。1968年UEFA欧州選手権1968では優勝、1970 FIFAワールドカップでは準優勝に貢献。 代表出場試合数94はディノ・ゾフに更新されるまで歴代1位。代表でのキャプテンとしての出場数70試合はパオロ・マルディーニに更新されるまで歴代1位であった。

インテルでの出場試合数634は当時、今後誰も超える事の出来ない記録と言われたが、Mr.インテルと呼ばれるジュゼッペ・ベルゴミ(758試合)、アルゼンチン人ながらベルゴミ引退後、15年インテルのキャプテンを務めたハビエル・サネッティの2人が更新している。また、ディフェンダーながら、75ゴールを記録している。

クラブレベルでは「グランデ・インテル」の一人として、チャンピオンズカップ2連覇をはじめ、リーグ9回、コッパ・イタリア1回、インターコンチネンタルカップ2回の優勝を経験している。

1999年ワールドサッカー誌の20世紀の偉大なサッカー選手100人で90位に選出された。

2004年1月からインテルの会長職に就いていたが、2006年9月4日肝臓がんのためミラノで死去。インテルは彼が選手時代に使用していた背番号3を永久欠番とする事を決めた。また、イタリアのユースリーグに彼の名前を冠してジャチント・ファッケッティ・トロフィーと呼ぶこととなった。

所属クラブ

  • 1956-1960 CSトレヴィリエーゼ 
  • 1960-1978 インテル

出典





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