シューベルトとハイネ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/05 08:22 UTC 版)
物語の語り手の〈私〉が、海岸で見知らぬK君に聞えるように口笛を吹く最初の曲は、シューベルトの「海辺にて(Am meer)」であるが、これは2人がいる場所の連想であると同時に、次に吹く曲の「影法師(Der Doppelgänger)」の前振りでもある。 この2曲はそれぞれ、シューベルトの歌曲集『白鳥の歌(Schwanengesang)』の第12曲と第13曲であり、基次郎はクラシックやオペラ好きで譜面も読めた。基次郎が「影法師(Der Doppelgänger)」の曲名を出したのは、ドッペルゲンガーという主題の言葉を示すためで、「海辺にて」により、出会いの舞台設定を海岸にする着想を得られたとも推察できる。 『白鳥の歌』第13曲は、シューベルトがハインリヒ・ハイネの詩『帰郷』93篇の中の1篇に感動して曲をつけ、「Der Doppelgänger」と名付けたものであるが、その詩は、かつて失恋体験した男性が月の夜、恋に苦悩している自分の分身(影法師)を見てしまうという内容で、戦慄的な激しい心情が重々しく叙唱されている。 夜はひっそりとして、小路はしんとしている。 この家にはぼくの恋人が住んでいたのだ。 その娘はとっくにこの町を立ち去ったが、家はまだ同じ場所にある。そこには、またひとりの男がたって、高いところを見つめ はげしい苦痛に手をにぎりしめている。――その顔を見たとき、ぼくはぞっとした 月が見せてくれたぼく自身の姿なのだ。 その影法師よ、蒼ざめた男よ! なぜお前はぼくの恋の悩みを真似るのか。 むかしと同じこの場所で、幾夜もぼくが苦しんだあの恋の悩みを。 — ハインリヒ・ハイネ「帰郷」の一篇(服部龍太郎訳「シューベルトの歌曲」) なお『Kの昇天』の作中では、「影法師(Der Doppelgänger)」が、あえて「二重人格」と記されているが、それは自身の体験を的確に表す言葉だと基次郎が考えたと推察され、また『カラマーゾフの兄弟』などを愛読していた基次郎が、ドストエフスキーの小説『二重人格』によって、その用語を知った可能性も濃厚である。
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