グリンマ時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/27 15:01 UTC 版)
1622年4月からパウル・ゲルハルトはライプツィヒ近郊のグリンマにあるギムナジウムに通った。彼の兄も通ったギムナジウムであり、ザクセン選帝侯領の牧師と官僚を多く輩出した名門校であった。そこでは、ルター派正統主義の神学者レオンハルト・フッターの著作『Compendium』(神学概論)が主要なテクストとして使われており、その内容がゲルハルトの神学的理解に影響を与えている。さらに、そのギムナジウムで中世の学芸とされていた自由七科 の文法学、修辞学、論理学、算術、幾何、天文学、音楽と詩学を学んだ。彼はこの学校を期待通りの成果を得て卒業している。修了証書には勤勉さ、従順さ、才能に秀でていると書き記されていた。終了試験に合格した3日後の1627年12月15日にパウル・ゲルハルトはこのザクセン選帝侯領のギムナジウムを離れ、大学に入学するためにヴィッテンベルクに旅立った。
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