クズルバシュとは? わかりやすく解説

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クズルバシュ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/18 22:44 UTC 版)

クズルバシュペルシア語قزلباشトルコ語Kızılbaşキジルバーシュクズルバシキジルバシとも)は、サファヴィー教団(イランに存在した、サファヴィー朝の前身となるイスラームの宗教団体)の信徒、および信徒の多数を占めるアナトリア高原に居住するトルコ系遊牧民である。現在のイランとその周辺に現存する、彼らの子孫とされる民族集団もこの名前で呼ばれる。オスマン帝国シャイバーニー朝ではサファヴィー朝の領土を「クズルバシュの国」、サファヴィー朝のシャー(王)を「クズルバシュの王」と呼んでいた[1]


  1. ^ 羽田「クズルバシュ」『新イスラム事典』、207-208頁
  2. ^ 羽田「東方イスラーム世界の形成と変容」『西アジア史 2 イラン・トルコ』、196頁
  3. ^ 羽田「東方イスラーム世界の形成と変容」『西アジア史 2 イラン・トルコ』、197頁
  4. ^ 羽田「東方イスラーム世界の形成と変容」『西アジア史 2 イラン・トルコ』、199頁
  5. ^ a b c 永田、羽田『成熟のイスラーム社会』、301頁
  6. ^ 永田、羽田『成熟のイスラーム社会』、243-244頁
  7. ^ 羽田正「三つのイスラーム国家」『イスラーム・環インド洋世界 16-18世紀』、38頁
  8. ^ 羽田「東方イスラーム世界の形成と変容」『西アジア史 2 イラン・トルコ』、203頁
  9. ^ a b c 羽田「東方イスラーム世界の形成と変容」『西アジア史 2 イラン・トルコ』、205頁
  10. ^ 羽田「東方イスラーム世界の形成と変容」『西アジア史 2 イラン・トルコ』、205-206頁
  11. ^ 羽田「東方イスラーム世界の形成と変容」『西アジア史 2 イラン・トルコ』、206頁
  12. ^ 永田、羽田『成熟のイスラーム社会』、321頁
  13. ^ 羽田「東方イスラーム世界の形成と変容」『西アジア史 2 イラン・トルコ』、207頁
  14. ^ a b 羽田「東方イスラーム世界の形成と変容」『西アジア史 2 イラン・トルコ』、208頁
  15. ^ a b 羽田「東方イスラーム世界の形成と変容」『西アジア史 2 イラン・トルコ』、210頁
  16. ^ a b 永田、羽田『成熟のイスラーム社会』、301-302頁
  17. ^ 羽田「東方イスラーム世界の形成と変容」『西アジア史 2 イラン・トルコ』、198-199頁
  18. ^ 桜井啓子『シーア派 台頭するイスラーム少数派』(中公新書, 中央公論新社, 2006年10月)、67頁


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