キリスト教以前のスラヴの信仰
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/31 22:50 UTC 版)
「ルサールカ」の記事における「キリスト教以前のスラヴの信仰」の解説
10世紀に、キエフ・ルーシはキリスト教東方正教会を国教とした。それ以前より信仰されてきたペガン(pagan、キリスト教に対する異教)は、呪術的すなわちまじないや儀式を行って、信仰対象の神や精霊に望みを叶えさせようという強い欲望に満ちていた。東スラブ人は農耕民であったため、望みはまず、農耕の成功を祈るものであった。信仰対象は、自然や自然現象を神格化したものがほとんどで、とりわけ地母神である『母なる湿(しめ)れる大地』を深く信仰した。他には祖先信仰もあった。6世紀のビザンツの歴史家プロコピオスは『ゴート戦記』(第3巻14、23)に、ドナウ川流域のスラヴ人が、創造主である雷神ペルーンをはじめ、川や水の精霊に牛や貴重品を捧げ、供犠を行うさまを描いている。キリスト教に改宗しても、スラヴの伝説、民話、諺(ことわざ)、魔除け、儀礼のなかには、古い神の名が残っていた。
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