キリスト教の影響
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慶應義塾大学名誉教授の小泉仰は、1871年(明治4年)10月27日のおしえにキリスト教の影響が見られると解釈して重視している。それは、1871年(明治4年)にはキリスト教の布教は解禁されておらず、1873年(明治6年)から解禁されたからである。 十月廿七日 世(よ)の中(なか)に父母ほどよきものはなし。父母よりしんせつなるものはなし。父母のながくいきてじやうぶなるは、子供のねがふところなれども、けふはいきて、あすはしぬるもわからず。父母のいきしには、ごつどの心にあり。ごつどは父母をこしらえ、ごつどは父母をいかし、また父母をしなせることもあるべし。天地万物(てんちばんぶつ)なにもかも、ごつどのつくらざるものなし。子供のときより、ごつどのありがたきをしり、ごつどのこゝろにしたがふべきものなり。 慶應義塾福澤研究センター顧問の桑原三郎は、福澤が「かみさま」という言葉を使わず、「ごつど」という言葉を使っていることに注目している。その理由として、「日本には八百万の神々が居た。だから、唯一絶対の、この世の造物者という意味でのゴッドを、日本の神様という言葉で表すわけにはいかなかった」と説明している。 「ひゞのをしへ 二へん」では「ごつど」という言葉の代わりに「てんとうさま」を使って説明している。 てんとうさまのおきてともうすは、むかしむかしそのむかしより、けふのいまにいたるまで、すこしもまちがひあることなし。むぎをまけばむぎがはえ、まめをまけばまめがはえ、きのふねはうき、つちのふねはしづむ。きまりきつたることなれば、ひともこれをふしぎとおもはず。されば、いま、よきことをすれば、よきことがむくひ、わろきことをすれば、わろきことがむくふも、これまたてんとうさまのおきてにて、むかしのよから、まちがひしことなし。しかるに、てんとうしらずのばかものが、めのまへのよくにまよふて、てんのおきてをおそれず、あくじをはたらいて、さいわいをもとめんとするものあり。こは、つちのふねにのりて、うみをわたらんとするにおなじ。こんなことで、てんとうさまがだまさるべきや。あくじをまけばあくじがはえるぞ。かべにみゝあり、ふすまにめあり。あくじをなして、つみをのがれんとするなかれ。
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