キャンプ瑞慶覧の毒物汚染問題
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/07 01:18 UTC 版)
「キャンプ・フォスター」の記事における「キャンプ瑞慶覧の毒物汚染問題」の解説
過去から近年まで油の流出事故が数知れず起こっている。次にあげるのは主なもの。 1974年9月24日、基地内で散布された殺虫剤ダースバーンが、降雨により排水溝から海へ流出し、北谷町沿岸を汚染するとともに多量の死魚が浮いた。1975年9月12日の米公文書館の記録では極めて毒性の高いものであったとある(NARA所蔵)。 2002年1月29日、1981年12月に返還となったキャンプ瑞慶覧メイ/モスカラ射撃場跡地の建設工事現場の土中から、多量のタール状物質が入ったドラム缶とタール状物質の流出がみつかった。 2014年、海軍病院関連施設の移設工事区域で、地中から腐食したドラム缶12本が見つかった。 2018年、西普天間住宅地区でアスベストや環境基準を超える鉛、油などが確認され、65億円のクリーンアップ費用がかかると見積もられた。
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