カタルーニャの自治権喪失と回復
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「2012年カタルーニャ独立デモ」の記事における「カタルーニャの自治権喪失と回復」の解説
カタルーニャ君主国は13世紀に自治制度を確立し、13・14世紀には南ヨーロッパの大国として地中海で覇権を握った。18世紀初頭のスペイン継承戦争では、フランスやスペインを中心とした軍とハプスブルク君主国を中心とした同盟軍が交戦し、カタルーニャ軍はハプスブルク側に付いたが、1714年のバルセロナ包囲戦でスペイン軍に敗れて陥落した。カタルーニャ地方は独立を実質的に失い、新たに成立したスペイン・ボルボン朝の下でカタルーニャ語の使用が初めて禁じられた。1931年には第二共和政で再び自治権を得たが、スペイン内戦後の1930年代後半からのフランコ体制下のスペインでは、文化や言論がいっそう弾圧され、カタルーニャ語名の使用すらも禁じられた。1975年にフランシスコ・フランコが死去してスペインが民主化(スペイン語版)の時代を迎えると、カタルーニャ語はスペイン1978年憲法で公用語としての地位を回復し、その後成立したカタルーニャ自治州の下で一定の自治権を得た。バルセロナの陥落日は1714年9月11日だったことから、毎年9月11日はカタルーニャ国民の日(ラ・ディアダ)と呼ばれる祝日となり、毎年のカタルーニャ国民の日にはカタルーニャ州政府による公式式典が行われる。
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