カシオペアとしてデビュー
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「櫻井哲夫」の記事における「カシオペアとしてデビュー」の解説
バンドの名称をカシオペアと改めた後、櫻井の提案で1976年にカシオペアは日本楽器製造(ヤマハ)東京支店主催のアマチュア・バンド・コンテスト「EastWest '76」に出場し、決勝大会まで進出したことでアマチュア・シーンに広く名前が知られるようになる。翌年、カシオペアは向谷実を入れて再出場。決勝大会に進出し、優秀グループ賞を獲得するなどしてこれがプロへの足がかりとなる。1979年5月25日、日本におけるフュージョンブームの真っ直中、カシオペアはアルバム『CASIOPEA』でレコードデビューした。 当時流行だったこともあり、デビュー時からスラップ奏法(チョッパー奏法)を多用。カシオペアはデビューアルバム『CASIOPEA』に付けられたキャッチコピー「スリル、スピード、スーパー・テクニック」の表現通り、超絶技巧でアクロバティックな演奏スタイルの中、リズムを支える櫻井はそれに加えてさらに安定感あるプレイでデビュー時から定評があった。派手さと安定感を両立させた演奏スタイル、さらにメイン・コンポーザーである野呂一生の作・編曲においてメロディ楽器と同等に目立つことができたベースは、多くのアマチュア・ベーシストの憧れとなり、須藤満、徳永暁人、日野賢二など後にプロ・ベーシストとなっていくフォロワーも生んだ。
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