ウィンブルドンFC、ウェストハム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/06/11 18:20 UTC 版)
「デヴィッド・コノリー」の記事における「ウィンブルドンFC、ウェストハム」の解説
ウィンブルドンでエースとして、リーグ戦63試合42得点を記録。特に2002-03シーズンは、主将のニール・シッパリー(英語版)とのコンビで24得点を挙げており、その活躍にプレミアリーグのクラブからオファーがあったものの、2003年8月1日、プロキャリアを開始した時の監督だったローダー監督が率いるウェストハム・ユナイテッドFCと移籍金28万5000ポンドで合意した。初出場を飾ったプレストン・ノースエンドFCとの開幕戦では、移籍濃厚だったジャーメイン・デフォーの残留に加え、期限付き移籍で加入したニール・メラーの存在から控えでのスタートとなったが、メラーとの交代出場した8分後に決勝点を挙げてチームを勝利に導いた。その後、デフォーやメラー、更にボビー・ザモラ、マーロン・ヘアウッド、ブライアン・ディーン(英語版)といった多くの選手とのポジション争いを繰り広げながら、最終的に公式戦48試合14得点を記録した。2004年5月のクリスタル・パレスFCとの昇格プレーオフ決勝戦がウェストハムでの最後の試合となった。
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