よく知られた起源
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/07 14:42 UTC 版)
「プリンス・オブ・ウェールズの羽根」の記事における「よく知られた起源」の解説
長い間信じられて、いまでは否定されている伝説では、黒太子が1346年のクレシーの戦いでボヘミアのヨハン盲目王から徽章を手に入れたというものである。戦闘後、王子は亡き王の遺体を持ち去ったと言われ、クレスト(兜飾り)のダチョウの羽根を取り上げたと言われていた。のちに羽根が王子の紋章に組み入れられた。そしてヨハン盲目王のモットー"Ich Dien"と結び付けられた。この話の初出は1376年の記録でありこの年は黒太子が亡くなった年である。しかし、その歴史的根拠は存在しない。ヨハン盲目王がそのようなクレストとモットーを使用したという証拠もない(実際には鷲の翼のクレストを帯びていた)。 イングランド軍のクレシー戦いでの勝利の重要な要素がウェールズの長弓隊の使用であったので、エドワードのウェールズ人への誇りが彼らの助けと相まって象徴に適合させることへと誘導した。ドイツ語のモットー "Ich Dien"はウェールズ語のフレーズ "Eich Dyn"(汝の男)と音が似ている。このフレーズは若き黒太子がウェールズ人に特段慕われることを助けたであろう。しかしながら、この理論は歴史的証拠がないと退けられている。1917年の第一次世界大戦の時期にドイツ語が排斥され "Eich Dyn"に取り換えられた。
※この「よく知られた起源」の解説は、「プリンス・オブ・ウェールズの羽根」の解説の一部です。
「よく知られた起源」を含む「プリンス・オブ・ウェールズの羽根」の記事については、「プリンス・オブ・ウェールズの羽根」の概要を参照ください。
- よく知られた起源のページへのリンク