アッコロカムイ
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アッコロカムイ(アイヌ語 at kor kamuy[1]、紐(触手)をもつカムイ)は、アイヌ民話に伝わる巨大なタコ。
語釈
そもそもアッコログル(atkoro-guru, at-koro-guru, at kor [kur])が「蛸」のアイヌ名であり[2]、直訳すると"細い条(紐・帯状の物)が+ある+もの"の意味である[3]。アッコロカムイもやはり直訳だと'紐(触手)をもつカムイ'を意味する[4]。
蛸(大蛸)の別名にアッウィナ(atui-na)またはアトイナウ(atui-[i]nau[8])、「海のイナウ/幣」の意か)がある[3]。そもそも吉田巌(1914年)が「アツウイナまたはアッコロカムイとも」の説話として掲載したものを[9]、更科源蔵(971年)は「アドイ・イナウ(海の木幣)」という名称で転載し[10]、他の編者は「アッコロカムイ」の名称で転載している。
概要
伝説によれば、胆振地方噴火湾(正式には内浦湾)の
誇張された話では、その大きさは畑1町ほど[9](1ヘクタール[5])もあるという。弁才船(やクジラ[注 2])をも丸のみにすると恐れられた。船が吞まれずとも、ブリなどの群がる場所に漁に出かけると、転覆させられるのが常であるため、昔のアイヌは、用心のために大鎌を携帯したという[9]。体全体が赤く、赤色は空まで輝くので、遠くからでもその居場所は確認できるので、近寄らないようにした[9][10]。
異聞では、レブンゲ(虻田郡豊浦町字礼文華)のエコリ岬(イコリ岬)でイタクネップと名乗る男が目撃したのは、鯨を丸呑みする、20間四方[注 3](40メートル四方[10][注 4])はある大きさで[注 5]、あたりの潮は、泡立って凄いことになっていたという[9][10]。
クモ起源
また、アッコロカムイの謂れとして、次のような民話がある。かつてレブンゲ(礼文華)の地に巨大なクモの怪物「ヤウシケプ」が現れ、家々を破壊し、土地を荒らし回った。北に離れた積丹の村長が旅中におとずれ、洞窟に隠れていた5人の男から事情を聴きだし、これらを連れて洞爺湖にいる村長の息子を頼った。そしてサマイクルカムイとオキクルミにクモを小さくさせてほしいと頼んだが、その執行を命じられたニッネカムイ(魔神)の力がおよばなかった。そこで次に頼まれた海の神レプンカムイが、地上の人々を救うためにヤウシケプを海に引き取ればよいという話になり、噴火湾内に引き入れられたヤウシケプは姿をタコに変えられた[5][11]。これがアッコロカムイとして威を振るうようになったのだという[12]。
衣服起源
伝承によればコタンカルカムイが熊により負傷すると、妻(ドレシ、turesi)が駆けつけて介抱をしたが、地上でつけた衣服は天界に持ち込めないので脱ぎ捨てた。この脱衣のうちポンクッ(pón-kut「肌帶」)を海に投げるとそれがアッコルカムイ(at-kor-kamuy「ひもを・所有する・神」)すなわち蛸になった、とされる。この「肌帯」は、八本の組紐で編んだもので[1]、「カッケマッ」(kátkemat 「貴婦人」)が身に着ける貞操帯である[13][注 6]。
類話
アイヌには、ほかにも噴火湾の大きな化け物の話が伝わっている。ある昔話では、川から流れてきたモウル(「襯衣」、女の肌着)が化けた「アツゥイカクラ」[14]または「アヅイカクラ」[5]という巨大ナマコ(キンコ)が住むといい[注 7]、流木などに口をつけて海上に浮かんでおり、近づいた漁船をひっくり返すという[14]。
また室蘭近海の主(ぬし)は、「アツゥイコロエカシ」であり、船を飲み込む巨大な赤い化け物といわれる。アツゥイナ(大ダコ)とは別と認識されるが[14]、レブンエカシ(後述)の異名の可能性もあるとされる[14]。ただし、上述の発祥説話( § 衣服起源)によれば、コタンカルカムイの妻である女神がモウル(mour「肌衣」)を脱いで海に投げ捨てたのが変化してアトイコルエカシ(atuy-kor-ekasi 「海を・所有する・翁」)、すなわちエチンケ(echinke 「亀」)となった[13][注 8]。
さらには「沖の長老」を意味する「レブンエカシ」という名の化け物もいるといわれ、これは8頭ものクジラを飲む込むという。あるときに2人の漁師が飲み込まれたが、腹の中で火を焚いたので吐き出されて命拾いしたものの、レブンエカシの毒にあたったのか、頭髪がすべて抜けて頭が禿げ上がってしまったという[14][5]。
脚注
注釈
- ^ なお、民俗学研究所による『日本妖怪変化語彙』にもアッコロカムイの記述があるが、解説では「大章魚」と書かれているものの、タコとは書かれておらず[6]、そのためか一部書籍では、アッコロカムイはタコではなく巨大な魚と記述されていることもある[7]。
- ^ 異聞として後述。
- ^ 吉田の原文は「
鯨 ()を呑む二十間四方もあろうという」大きさだが、更科は鯨云々を割愛し、メートルに換算している。 - ^ 粗く換算すると1600平米=0.16ヘクタールなので、上述の見積もりより少ない。
- ^ "大きい脚をひろげた奴"と更科の文章は挿入。
- ^ 海に捨てた「肌衣」がアトイコルエカシ(「亀」)となって事については後述( § 類話)。夫が熊に襲われたのはアカピラ(石狩国空知郡赤平? )だったが、妻が夫のところへ駆けつけたとき吐いた唾は、女性の声で悲し気になくハクチョウとなったなど。
- ^ アドイカクラとも。「海のフジコ」Cucumaria japonica[15][16]。「フジコ」はキンコの別名[17]。
- ^ 海主ではないが、ウミガメの海坊主については、『和漢三才図会』が、中国伝承の、人面で鱉(すっぽん)のような体の和尚魚が、俗にいう「海坊主」だとしている[18]。海坊主 § 中国の伝承参照。
出典
- ^ a b 知里真志保『分類アイヌ語辞典』 1巻〈常民文化研究 64〉、1953年4月、226頁 。
- ^ Batchelor, John (1905). Ainu-English-Japanese Dictionary, s.v. Atkor-guru アッコログル, '蛸、タコ、章魚 Octopod'
- ^ a b 吉田巖「アイヌの動植物名について」『人類学雑誌』第30巻第3号、Kadokawa、1915年3月、101頁、doi:10.1537/ase1911.30.100。「蛸(アツコログル(At-koro-guru)。紐条(アツ)、有る(コロ)、物(グル)。章魚(アツウイナ Atui-na)。海(アツウイ)の木幣(イナオ)の意か。」 (snippet@google)
- ^ a b 荒俣宏; 應矢泰紀 (2021). “アッコロカムイ”. アラマタヒロシの日本全国妖怪マップ. 秀和システム. p. 12. ISBN 9784798065076
- ^ a b c d e 森野正子「噴火湾のアッコロカムイ(大ダコ)」『北海道昔話』山音文学会、1970年、51–56頁。 NCID BN01667043。NDLJP:12468254。
- ^ a b 日野巌・日野綏彦 著「日本妖怪変化語彙」、村上健司校訂 編『動物妖怪譚』 下、中央公論新社〈中公文庫〉、2006年、227頁。 ISBN 978-4-12-204792-1。
- ^ 草野巧『幻想動物事典』新紀元社、1997年、12頁。 ISBN 978-4-88317-283-2。
- ^ 奥田統己(編)「福島琴蔵(編)『アイヌ語の訳解』」『国立歴史民俗博物館研究報告』第236巻、2022年10月31日、82頁。
- ^ a b c d e f 吉田巖「アイヌの妖怪説話(続)」『人類学雑誌』第29巻第10号、Kadokawa、1914b年10月、407–408!--397–409-->、doi:10.1537/ase1911.29.397。(snippet@google))
- ^ a b c d e 更科 (1971)『アイヌ伝説集』、99頁(吉田「人類学雑誌」)。
- ^ (森野正子「昔話北海道」より転載)稲田浩二、小沢俊夫 編『日本昔話通観: 北海道(アイヌ民族)』同朋舎、1989年、499頁。 ISBN 9784810406177 。
- ^ 山口敏太郎「アッコロカムイ」『超こわい!超ふしぎ!日本の妖怪大集合200: あなたはいくつ知ってるかな?』西東社、2015年、232–233頁。 ISBN 9784791623679 。
- ^ a b 知里真志保『知里真志保著作集: 說話・神謡編II』 2巻、1973年、196–197頁 。
- ^ a b c d e 吉田 (1914b), p. 408.
- ^ 更科源蔵; 安藤美紀夫 (1977年4月). 北海道の伝説. 日本の伝説 17. 角川書店. NDLJP:12468109
- ^ 知里真志保『分類アイヌ語辞典』 2巻〈常民文化研究 87〉、1962年2月、79頁 。
- ^ 重井陸夫「キンコ / 金海鼠 [学 Cucumaria japonica]」『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館、1994年 。
- ^ 日野巌「(五) 海坊主」『動物妖怪譚 : 趣味研究』養賢堂、1926年、183頁 。
参考文献
関連項目
固有名詞の分類
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