あっけなく崩壊した3強時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/16 07:26 UTC 版)
「福島正幸」の記事における「あっけなく崩壊した3強時代」の解説
1975年(昭和50年)、千葉競輪場で行われた、第28回日本選手権競輪決勝において、当時22歳の新人選手だった愛知の高橋健二が最終ホームから一気にカマシに出た。一方、前で受けていた福島は高橋の動きに乗じようと1センターで捲りに出るも落車。高橋がそのまま押し切って優勝したが、高橋はマークする岐阜の須田一二三に「勝たせる」ために、捨て身の逃げに出たというのに、あまりのダッシュのよさに、福島は慌てて落車してしまった。 そして不思議なことに、この一戦以後、福島は特別競輪制覇どころか、決勝戦にほとんど駒を進めることさえできなくなっていった。それは3強を形成した田中、阿部も同様であり、当時3選手とも20代半ばか、漸く過ぎようという、競輪選手として一番脂が乗り切ろうとしていた頃だっただけに、この大会以後の3選手の凋落はあまりにも唐突だった。 3強「崩壊」以後の競輪界は、主に20代前半の選手が続々と特別競輪を制覇するという、「ヤング全盛時代」と言われ、また、優勝する選手がコロコロと変わることから、戦国時代さながらの状態が続いたが、中野浩一が後に平定することになる。
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