『東大陸』とコラボ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 07:49 UTC 版)
福岡に戻り、かねてより私的に師事していた中野正剛の東方会の機関誌『東大陸』を、玄洋社最後の社主で、中野の秘書役だった元福岡市長の進藤一馬の承認と後見を得、東方会の東方青年隊全国隊長で元人吉市長の永田正義を代表に立てて再刊する。 また欧州へ行き、ドイツの保守革命の思想史家でもあるアルミン・モーラーをはじめ、ナチス左派系のグループ、国民革命派の人たちと交流し、日本とドイツの史的状況について意見を交換する(ネオナチにはまったく興味を持たなかった)。近年は、ピエール・ドリュ=ラ=ロシェルやリュシアン・ルバテなどフランスのコラボ(対独協力派)に深い関心を示している。
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