『コロサイの信徒への手紙』との関連
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「エフェソの信徒への手紙」の記事における「『コロサイの信徒への手紙』との関連」の解説
『エフェソ書』のスタイルやテーマは『コロサイの信徒への手紙』とよく似ている。『エフェソ書』とコロサイ書の並行箇所は以下のようなものである。 エフェソ1:7とコロサイ1:14 エフェソ1:10とコロサイ1:20 エフェソ3:2とコロサイ1:25 エフェソ5:19とコロサイ3:16 エフェソ6:22とコロサイ4:8 エフェソ1:19-2:5とコロサイ2:12-13 エフェソ4:2-4とコロサイ3:12-15 エフェソ4:16とコロサイ2:19 エフェソ4:32とコロサイ3:13 エフェソ4:22-24とコロサイ3:9-10 エフェソ5:6-8とコロサイ3:6-8 エフェソ5:15-16とコロサイ4:5 エフェソ6:19-20とコロサイ4:3-4 エフェソ5:22-6:9とコロサイ3:18-4:1 この並行箇所については以下のような説明がされてきた。まず、もし本書簡がパウロの手によるものなら『コロサイ書』と同時期にかかれたものである。初めにコロサイの共同体の特別な問題を扱った書簡を書き、次にエフェソを初めとするいくつかの共同体宛てにもっと一般化した内容の手紙を書いたのだろうということである。一方もしこの書簡の書き手がパウロでないとすれば、単にパウロ的な手紙を書くために『コロサイ書』を参考にして書いたのだろうということになる。 近年ではコロサイの信徒への手紙も擬似書簡であるとする説が多く、コロサイ書の著者はパウロの弟子であったフィレモンでエフェソ書の著者はパウロの「生んだ子」オネシモであるとすると、かつての主人でありパトロヌスであったフィレモンが書いたコロサイ書を手元にして書かれたと考えるのは自然である。
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