北浦和
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/13 15:17 UTC 版)
地理
さいたま市浦和区北東部の大宮台地上に位置する。町の南部に北浦和駅がある。駅前には商業施設が建ち、周辺部には住宅地や高層マンションが建てられている。北浦和駅は埼玉県立浦和高等学校やさいたま市立浦和高等学校などの最寄りであるほか、同駅西口と埼玉大学を結ぶバスもあるため、学生で賑わう。浦和エリアは文教都市として住宅地需要が高く、当駅周辺も近年高層マンションが相次いで建設されている。
地価
住宅地の地価は、2019年(平成31年)1月1日の公示地価によれば、北浦和一丁目5-12の地点で35万3000円/m2となっている[4]。
歴史
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もとは針ヶ谷村の一部であった。合併によって木崎村の大字、浦和町の大字となり、1934年の市制施行によって浦和市大字針ヶ谷となる。
- 1943年(昭和18年) - 大字針ヶ谷、大字領家の一部から針ヶ谷町一丁目〜四丁目と北浦和町一丁目〜五丁目になる[5]。これは住居表示とは別の町名変更である。
- 1951年(昭和26年) - 県営北浦和住宅が完工する[5]。
- 1962年(昭和37年) - 現在の北浦和四丁目3(北浦和4丁目ビル)の場所に、全国3店舗目となるイトーヨーカドー北浦和店が開店(当時はヨーカ堂)。その後閉店。
- 1964年(昭和39年) - 北浦和第二郵便局が開局する[5]。
- 1967年(昭和42年)9月1日 - 北浦和町一丁目から五丁目が住居表示の実施により、北浦和一丁目〜五丁目になる[6]。
- 2001年(平成13年)5月1日 - 浦和市が大宮市、与野市と合併しさいたま市となり、さいたま市の大字となる。
- 2003年(平成15年)4月1日 - さいたま市が政令指定都市に移行し、さいたま市浦和区の大字となる。
世帯数と人口
2017年(平成29年)9月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
丁目 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
北浦和一丁目 | 1,565世帯 | 3,085人 |
北浦和二丁目 | 1,187世帯 | 2,447人 |
北浦和三丁目 | 1,344世帯 | 2,617人 |
北浦和四丁目 | 243世帯 | 395人 |
北浦和五丁目 | 1,644世帯 | 3,909人 |
計 | 5,983世帯 | 12,453人 |
針ヶ谷 | ||||
中央区新中里 | 領家 | |||
北浦和 | ||||
常盤 | 元町 |
- ^ a b “さいたま市の人口・世帯(時系列結果)”. さいたま市 (2017年9月5日). 2017年9月20日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2017年9月30日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
- ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
- ^ a b c 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』 309-310頁。
- ^ 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』 917頁。
- ^ “さいたま市立小・中学校通学区域一覧”. さいたま市 (2017年8月23日). 2017年9月20日閲覧。
- ^ 『でっか字埼玉便利情報地図2013年2版2刷』昭文社、2013年、74頁。ISBN 978-4-398-60135-3。
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