加賀国 国内の施設

加賀国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/14 02:18 UTC 版)

国内の施設

国府

国府は能美郡にあった。現在の石川県小松市古府町にあったと考えられている。

易林本の『節用集』では、「加賀郡に府」と記載がある。

国分寺・国分尼寺

国分僧寺は、承和8年(841年)、既にあった「勝興寺」(現 小松市)を国分寺に転用して設けられた。

尼寺は伝わっていない。

神社

延喜式内社
延喜式神名帳』には、小社42社42座が記載されている。大社はない。加賀国の式内社一覧を参照。
総社一宮以下

地域

人物

国司

加賀守

  • 紀末成[1] - 823年(弘仁14年)12月 見
  • 藤原良房 - 830年(天長7年)閏12月 任
  • 藤原長良 - 834年(承和元年)正月 任
  • 源明 - 838年(承和5年)正月 任
  • 源寛 - 839年(承和6年)正月 任
  • 源寛 - 842年(承和9年)9月 再任
  • 源生 - 843年(承和10年)正月 任
  • 藤原助 - 845年(承和12年)正月 任
  • 藤原並藤 - 847年(承和14年)正月 任
  • 正行王 - 850年(嘉祥3年)3月 見
  • 藤原衛 - 851年(仁寿元年)10月 任
  • 藤原衛 - 855年(斉衡2年)正月 再任 - 857年(天安元年)11月 卒
  • 藤原仲統 - 857年(天安元年)12月 任 - 858年(天安2年)11月 罷
  • 源啓 - 859年(貞観元年)正月 任
  • 清原長田 - 860年(貞観2年)正月 任
  • 藤原本雄 - 862年(貞観4年)2月 任
  • 源能有 - 866年(貞観8年)正月 任 - 869年(貞観11年)2月 罷
  • 藤原有実 - 869年(貞観11年)3月 任
  • 朝野真吉 - 870年(貞観12年)正月 任
  • 茂世王 - 874年(貞観16年)正月 見
  • 多治藤善 - 880年(元慶4年)12月 見
  • 大春日安永 - 886年(仁和2年)正月 任
  • 平篤行 - 908年(延喜8年)正月 任 - 908年(延喜8年)2月 転
  • 源頼房
  • 藤原師高 - 1175年(安元元年)任官。

加賀介

守護

鎌倉幕府

室町幕府

武家官位としての加賀守

脚注


注釈

  1. ^ 旧高旧領取調帳」は加賀国分が欠けているため、木村礎の手により「天保郷帳」をもとに作成され、「日本史料選書13 旧高旧領取調帳 中部編」(近藤出版社、1977年全国書誌番号:77023669)に掲載されたデータが国立歴史民俗博物館によりデータベース化されている。
  2. ^ 日付は布達が出された日である。実際は、太政官が石川・足羽両県に伝達することを忘却していたため、翌年2月に実施されている[4]。なお、足羽県は布達が届いた時には既に敦賀県に編入され、消滅していた。

出典

  1. ^ a b c 『ふるさと石川歴史館』(2002年6月10日、北國新聞社発行)524頁。
  2. ^ 「加賀国」国史大辞典編集委員会『国史大辞典 第3巻 (か)』吉川弘文館、1983年2月。ISBN 4-642-00503-X
  3. ^ 林陸朗「加賀立国の史的背景」、國學院大學文学部史学科編『坂本太郎博士頌寿記念日本史学論集』上巻、吉川弘文館、1983年、ISBN 4-642-01-019-X
  4. ^ 石川県史. 第4編p16-17 近代デジタルライブラリー


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