フランス君主一覧 フランス君主一覧の概要

フランス君主一覧

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/17 06:53 UTC 版)

1223年、ランスで行われたルイ8世ブランシュ・ド・カスティーユの戴冠式。1450年代に描かれたフランス大年代記 (Grandes Chroniques de France) のミニアチュールより(フランス国立図書館所蔵)

概説

フランスでは中世より1870年まで君主が支配した。フランスの支配者は主にを名乗り、後にボナパルト朝では皇帝を名乗った。「フランス」の成立時期には複数の見解が存在する。もっとも早くに遡ろうとするならば、486年、クローヴィス1世によってローマ帝国ガリアにおける軍司令官シアグリウスが倒され、 メロヴィング朝フランク王国が成立した時となるだろう。フランク王国は8世紀に分裂する。ヴェルダン条約により、843年西フランク王国が成立する。西フランク王国の支配域が、おおよそ今日のフランスへと展開していくこととなる。

この観点から、この表は843年、西フランク王国のシャルル2世即位より開始している。それ以前のフランクの君主についてはフランク王の一覧を参照。

以下の表に掲載した以外に、1340年から1360年および1369年から1801年にかけては、イングランド王およびグレートブリテン王もフランス王の称号を自称した。ごく短い期間ではあるが、この称号が実際に一定の根拠を持っていた時期もある。すなわち、1420年のトロワ条約によりシャルル6世はその義子イングランド王ヘンリー5世を摂政および継承者として認めたのである。ヘンリー5世がシャルル6世に先立ったため、ヘンリー5世の子ヘンリー6世は祖父シャルル6世からフランス王の称号を継承した。北フランスの大部分は1435年までイングランドの支配下にあったが、1453年までにイングランドはカレー(およびチャンネル諸島)を除いたフランス全土から敗退し、カレーも1558年にフランスの手に落ちた。しかしながらイングランド王、のちグレートブリテン王は1801年のグレートブリテンおよびアイルランド連合王国成立までフランス王を自称し続けた。1337年から1422年の間にも、断続的に複数のイングランド王がフランス王を自称している。

君主号としては、フィリップ4世までは「フランクの王」(ラテン語: Rex Francorum)が用いられた。ナバラ王国の王位を兼ねたカペー朝末期(フィリップ4世以降)およびブルボン朝歴代の国王は「フランスとナバラの王」(roi de France et de Navarre)を称した。1791年憲法が効力を有した短い期間(1791年から1792年)および1830年の7月革命後には「フランスの王」(roi de France)ではなく「フランス人の王」(roi des Français)が用いられた。ボナパルト家の君主ナポレオン1世2世3世は「フランス人の皇帝」(empereur des Français)を使用した。

「フランス」の名はゲルマンの一部族であるフランク人に由来する。メロヴィング朝は伝説上の人物とされる部族長ファラモンに遡るが、実際に最初の王となったのはクローヴィス1世である。その死後、王国は息子たちの間でネウストリアパリブルグントおよびアウストラシアに分割される。その後も分裂とメロヴィング朝の王たちの間での闘争が続いた。

やがてメロヴィング朝はカロリング朝に取って代わられる。カロリング家は始めアウストラシアの宮宰であったが、徐々に統合を進め、クロヴィス以来のフランク王国全土統合を成し遂げた。ピピン3世が王として即位することでメロヴィング朝は完全に終わる。小ピピンの子シャルルマーニュの広大な支配域は、ルイ1世により分割される。ルイ敬虔王の子ロタール1世の治世下、843年にフランク王国は東フランク王国ロタリンギア西フランク王国へと分割された。シャルル2世は西フランク王国の最初の王である。

カロリング朝(843年 - 987年)

ウードロベール1世ラウールはカロリング家ではなく、対立するロベール家の王である。カペー朝を興したユーグ・カペーはロベール1世の孫である。

肖像 在位期間 先代との関係
シャルル2世
(Charles II)
843年 877年10月6日  • シャルル1世(大帝)の孫、ルイ1世の子
ルイ2世
(Louis II)
877年10月6日 879年4月10日  • シャルル2世の子
ルイ3世
(Louis III)
879年4月10日 882年8月5日  • ルイ2世の子
カルロマン
(Carloman II)
879年4月10日 884年12月6日  • ルイ2世の子
カール3世

(肥満王)
(Charles le Gros)

885年 888年1月13日  • ルイ1世の孫、東フランク国王ルートヴィヒ2世の子
ウード
(Eudes)
888年2月29日 898年1月1日  • ロベール豪胆公の子
シャルル3世
(Charles III)
898年1月1日 922年6月30日  • ルイ2世の没後に生まれた子
 • ルイ3世・カロルマン2世の異母弟
ロベール1世
(Robert I)
922年6月30日 923年6月15日  • ロベール豪胆公の子
 • ウードの弟
ラウール
(Raoul)
923年7月13日 936年1月14日  • ロベール1世の義子
ルイ4世
(Louis IV)
936年6月19日 954年9月10日  • シャルル3世の子
ロテール
(Lothaire)
954年11月12日 986年3月2日  • ルイ4世の子
ルイ5世
(Louis V)
986年6月8日 987年5月22日  • ロテールの子






英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「フランス君主一覧」の関連用語

フランス君主一覧のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



フランス君主一覧のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのフランス君主一覧 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS