ギルガメシュ叙事詩 あらすじ

ギルガメシュ叙事詩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/28 14:44 UTC 版)

あらすじ

ウルク市の王ギルガメシュは、強き英雄であると同時に暴君でもあった。その横暴ぶりを嘆いた市民たちの訴えを聞いた天神アヌは、女神アルルにギルガメシュの競争相手を造るよう命ずる。アルルは粘土からエンキドゥを造り、ウルクから離れた荒野に置いた。

エンキドゥははじめは自分の使命に気付くことなく荒野で獣たちと共に暮らしていた。しかしある時、巫女からギルガメシュのことを聞き、仲間が欲しいと思い喜び勇んでウルクに向かう。仲間を求めるエンキドゥと、近々やって来るエンキドゥという男と友人関係になることを夢で見ていたギルガメシュ。2人は顔を知る前から互いを意識していたが、ギルガメシュが国の花嫁を奪い去るという噂を耳に挟んだ瞬間エンキドゥは憤激し、出会って早々、大格闘を繰り広げる。結局のところ決着がつかず、2人は互いの力を認め合い深く抱擁を交わして親友となった。

彼らは常に行動を共にし、様々な冒険を繰り広げる。昔日の暴君とは異なるギルガメシュと、野人としての姿を忘れ去ったエンキドゥはウルクの民から讃えられる立派な英雄となっていた。だが、冒険の果てに彼らを待っていたのは決してかんばしいものではなかった──。

登場人物

この項目では主に「標準版」に基づく。

主要人物

ギルガメシュ〔シュメール名:ビルガメス[10]〕(Bilgamesh
主人公。母が女神(ニンスン)、父が人間(ルガルバンダ)。3分の2が神、3分の1が人間とされるが、不死の神ではなく、死すべき運命を免れない人間として描かれる。物語の前半では、肉体の死を怖れず英雄としての名声を求める生き方を希求。エンキドゥと共にフンババを討伐し、またイシュタルの求愛をつっぱねて怒りを買い、イシュタルが差し向けた天の牡牛を殺す。しかしエンキドゥの死により、自らの死に対する恐怖におののき、肉体の不死を追い求めることになる。しかし結局肉体の不死は手に入らず、ウルクに帰ったのち城壁を建造し、後世に名を残した。
ウルクの王として『シュメール王朝表』に、エンメルカル(治世420年)、ルガルバンダ(治世1200年)、ドゥムジ(治世100年)に続いて記載される(治世126年)が、神として扱われ、その存在は極めて神話的。もっとも、シュメール語の「ビルガメスとアッカ」に登場する、アッカ(キシュの王でビルガメスのライバル)の父親のエンメバラゲシに言及する碑文の断片が見つかっているので、エンメバラゲシは紀元前2650年頃に実在した人物と考えられる[11]。したがって、同じ頃に、ウルクにギルガメシュという王がいた可能性はあり、ギルガメシュやルガルバンダやその他の王達が生きたすぐ後に、吟遊詩人達が彼らを主人公に物語を作ったとも考えられる。ただしギルガメシュが実在した証拠、また叙事詩で語られているように、ギルガメシュがウルクの城壁を建造した証拠はない(2002年、イラク戦争が始まる前、ウルクで発掘された墓が、一時はギルガメシュの墓ではないかと言われたが、結局もっと新しい時代のものということが分かった)。
エンキドゥEnkidu
ギルガメシュの無二の親友。ギルガメッシュの傲慢を諫めるために神々によって作られたが、逆に彼の友となってしまう。ギルガメシュと共に幾多の困難をともにくぐり抜けた。友と繰り広げた冒険の果てに、自身に降り注ぐ運命を夢のお告げで知ることとなる。
ルガルバンダLugalbanda
ギルガメシュの父で牧夫。ウルク第1王朝第3代の伝説的な王。ギルガメシュの守護神であると同時に[12]、人間で神官でもある[13]
リマト・ニンスンNinsun
ギルガメシュの母。ルガルバンダの配偶神。その名は「雌牛の女主人」の意で知恵と夢解きの女神[14]。全てに通暁する偉大な女王で、賢母らしい活躍を見せる。シュメール版では天の牡牛退治の際、エアに生贄を捧げてギルガメシュを援助した。
シャマシュ〔シュメール名:ウトゥ[10]〕(Ud
信仰地:シッパルラルサ / 神殿:エバッバル[15]
正義を司る太陽神でイシュタルの兄。ギルガメシュ専属の守護神[注 1]。彼の誕生祝いに見目良さを授けて以降、叙事詩では大半の説話に登場し、終始ギルガメシュを気に掛け庇護している。
エア〔シュメール名:エンキ[10]〕(Enki
信仰地:エリドゥ / 神殿:エアブズ[15]
知恵を司る深淵水神。人間を創った全知全能の男神。エンリルの人類撲滅計画を幾度となく阻止してきた救いの神で、人間に対して好意的。ニップル版ではギルガメシュの守護神であるとされる[16]
イシュタル〔シュメール名:イナンナ[10]〕(Ishtar
信仰地:ウルク、他多数 / 神殿:エアンナ[15]
金星を象徴する愛と戦争の女神。ギルガメシュに求婚するが断られ、その腹いせに天の牡牛(グガランナ)をウルクで暴れさせた。
アヌ〔シュメール名:アン[10]〕(An
信仰地:ウルク / 神殿:白神殿[15]
イシュタルの父で天空を司る最高神。エンリルによる天地分離を機に権力は衰え失脚したが、神々が行う会議を主催するなどその地位は時代が下がっても変わっていない。イシュタルにせがまれ天の牡牛を造った。
エンリル〔シュメール名:ヌナムニル[17]〕(Nunamnir
信仰地:ニップル / 神殿:エクル[15]
神々の王で空を司る風と嵐の男神、大気神。神々の会議で採決された事項の執行権を持つ、シュメールにおける事実上の最高神でエンキドゥの個人神[18]。神としての在り方はエアと対照的で、安易に人類を滅ぼそうする。杉の森にフンババを番人としておいた。
ウトナピシュティム〔シュメール名:ジウスドラ[10]〕(Utnapishtim
大洪水を生き残り、妻とともに不死の身となる。不死を求めて訪ねてきたギルガメシュに、不死は(非常に例外的に)神に与えられるものであって、人間の手に入らないものだと諭すため、洪水伝説を物語る。しかしギルガメシュが諦めなかったため、6日7晩眠らないという試練を彼に課すが、ギルガメシュはすぐに眠ってしまい、試練を乗り越えることができなかった。ギルガメシュを憐れんだ妻の説得により、「老いたる人が若返る」という植物を手に入れれば不死の生命を見出すことが出来ると教える。首尾良くこの植物を見つけて手に入れたギルガメシュは喜んで帰途についたが、水を浴びているときに一匹の蛇がこの草を持ち去ってしまい、結局不死を手に入れることはできなかった。
『大洪水伝説』の主人公。エアの教えで箱舟を作り、少しの人類と動物たちを乗せ大洪水から逃れた。この功績が認められ神々から不死の体を与えられる。ウトナピシュティム/ジウスドラという名は「生命を見た者」[19]、アトラハシスは「賢き者」の意[20]
フンババ〔シュメール名:フワワ[10]〕(Huwawa
レバノン杉の森に住む番人。2015年に新しく見つかった粘土板の解読により、エンキドゥとは旧知の仲だったことが判明した[21][22]
その叫び声は洪水、その口は火、その息は死。七層の光輝メラム英語版で身を武装した恐怖と評される怪人、巨人。前兆占い文書などでは、神印ディンギル)が付くこともあり、自然神として扱われるが、主にその異形が言及される。フワワの頭が内臓占いの羊の腸に現れる場合もある。 ギルガメシュ叙事詩ではエンリルに杉の森の番人として配されたとされている。
グガランナGugalanna
自分を振ったギルガメシュを殺害しウルクごと滅ぼすため、イシュタルがアヌを脅して造らせた「天の牡牛」と呼ばれる巨大な獣。「7年間の不作を招く」「これを殺したら死刑」と言われる聖なる神の遣い。大量の油が入った青玉石の角を2本持っている。シュメール語で言う「天の牡牛」という呼称は牡牛座を構成する星の名前に対しても用いられており、シュメール名と言うこともあってその名の成立は叙事詩よりもごく古い時代のものであると言われているが、牡牛が神話として登場する例は叙事詩の基礎となったシュメール語版の断片にしかなく、「天の牡牛」が神話化するに至ったプロセスは不詳とされている[23]

その他の人物

シャムハトShamhat
ギルガメシュによりエンキドゥの元へ派遣された娼婦。エンキドゥと6日7晩交わり、彼を導く存在として描かれる。神殿にて神に奉仕をする女官の類、その中でも比較的下位の娼婦であったと推察されている[24]。→現在では「神殿娼婦」の存在自体が疑問視されている。
シドゥリ(Siduri
ギルガメシュが旅の途中で出会った「酌婦」、つまり酒場の女性。アッカド語で「乙女」の意。ヒッタイト語版では「酒の女」、フルリ語版では「若い女」と訳されているが、古バビロニア版では女主人とだけ書かれ正式な名はない[25]。神印が付いていることから女神と見なされイシュタルの化身説がある他、「知恵の女神」「生命の守護者」という呼ばれ方もある[26]。ギルガメシュの話を聞き、最終的にウトナピシュティムへの道を教える。
ウルシャナビ(Urshanabi
ウトナピシュティムに仕える船頭。ギルガメシュを船に乗せ、死の海を渡りウトナピシュティムの元へ案内した者。その帰りにも船を出し、ギルガメシュの帰国に最後まで付き添った。
アルル〔シュメール名:ニンフルサグ[15]〕(Ninhursag
粘土をこねてエンキドゥを造った女神。創造神でエンリルの妹(または配偶神)。名前は「山の女主人」の意[27]。メソポタミアにおける王たちの守護女神[28]
アルラトゥ〔シュメール名:エレシュキガル[15]〕(Ereshkigal
ギルガメシュが死後に行きついた世界の女主人。イシュタルの姉で闇を司る死の女神。姉妹は闇と光、冥界天界の女王としてライバル同士であり、犬猿の仲。夫、及び配偶神にネルガルを持ち、2人で冥界を統治している[29]
ウルクの長老たち
ギルガメシュに面と向かって異を唱え、諌めることができる立場の者。標準版では重要案件に関わる長老会に属する助言者として、「我らは王(ギルガメシュ)を信頼した。王も王として我らを信頼してほしい」と語る場面がある[30]。彼らは保守的思考だが、反対にウルクの若者たちは進歩的思考。

内容

通称アッカド語版

以下、要点の過不足は補足事項を参照。ただし、全ての版に共通するとは限らない。

粘土版 1

  • プロローグ:語り手による「深淵を覗き見た人」(もしくは「全てを見たる人」)として導入されるギルガメシュを讃える叙述から始まる。いわく、「彼はあらゆる国々を調べ尽くし、すべてを知り尽くし、知恵をきわめた。彼は秘められたことを見、隠されたものを開き、洪水前の事柄を知らせたのだった。」「彼は囲いの町ウルクの城壁を建てさせた、また清い宝物殿、聖なるエアンナのそれ(周壁)もまた。」つまり、これから物語られる物語がすべて終わり、ギルガメシュがウルクに帰って城壁を建造した後から始まっているわけである。
  • つづいて本文に入る。ウルクの暴君ギルガメシュ。そして神々によって作られたエンキドゥがシャムハトとの出会いにより人間らしさを獲得する場面が描かれる。

粘土版 2

シャムハトはエンキドゥに人間の食物を与えたりと人間らしさを培うと、2人でウルクを訪れる。激しい戦いが始まるが、ギルガメシュとエンキドゥは互いの力を認め合い抱擁を交わして友となる。

粘土版 3

ギルガメシュは杉を得るため[注 2]、杉の森に住む怪物フンババを倒すことをエンキドゥに提案。エンキドゥの目には涙が溢れ、遠征を強く反対されるが、ギルガメシュはエンキドゥの涙に驚きながらも心を痛め、土から生まれた彼にも苦しみを感じる心があることに焦りを抱く。旅の成功を祈る儀式を終え、2人の出発をウルクの民たちは祝福し送り出す。

  • 杉の森はシャマシュが所轄しているため、ギルガメシュはシャマシュに遠征の決意を述べて許可を(或いは神託を占って)もらうシーンがある。また、ギルガメシュは母ニンスンを訪ねると、ニンスンは不安な面立ちをしながらその決意を聞き、シャマシュに「何故あなたは息子の気持ちを動かすのか」などと不平不満を言いつつ女祭事たちと共に丁寧に祈祷を行い、それが終わると決心したようにエンキドゥを養子に迎え入れて護符を与えた[31][注 3]
  • 一方、ウルクの長老たちはギルガメシュに「年が若いから気持ちがはやっている」と言って遠征に反対したが、シャマシュの加護があることを祈って結果的に承諾することとなったようである。

粘土版 4

2人は45日分に及ぶ距離(1500㎞[32])を3日間で歩いた[注 4]。更に歩き進め森の入口に到着、フンババの手下と戦う。

  • シャマシュはギルガメシュに、杉森までの案内役として合成獣とおぼしき遣い魔[33]、または守護霊を与えている[34]。杉森に向かう途中、ギルガメシュは連日に渡り夢を見ており、エンキドゥはそれらの夢をシャマシュによる加護があることを告げる吉兆だと解いて慰めた。そして現に事実となる。

粘土版 5

森に入った2人が杉の立派さに心を奪われていると、ほどなくしてフンババが駆けつけてきた。シャマシュは2人に「恐れるな」と声を掛け、北風や南風など8つの風を起こして援護し、フンババを降参させる[注 5]。するとフンババが命乞いをするので、ギルガメシュは聞き入れようとするがエンキドゥは殺すことを勧める。フンババが息絶え森が静けさを取り戻すと、2人は杉を伐って船を造り、杉の大木とフンババの首を持ってウルクへ帰還。

  • フンババ征伐までの流れは粘土板によってバリエーション豊かだが、シャマシュが介入していることと、フンババ殺しを拒否していたエンキドゥがフンババを殺すようギルガメシュに忠告する様子に大きな差異は認められない。
  • エンキドゥがフンババの命乞いを却下したのは、フンババの反撃、或いはエンリルに密告されることを恐れたためである(ギルガメシュとエンキドゥはフンババを森の番人として差し向けたのがエンリルだと知っていたことが、文中から読み取れる)。その実エンリルを怒らせないための対策として、2人はあらかじめエンリルの住むニップル市にユーフラテス川から杉を運び込み奉納していたが、エンリルはギルガメシュたちが持ち帰ったフンババの首を見た途端、激怒した。その後エンリルはフンババが持つ7層の光輝を地上の各地に振り分けるという処置を行い、フンババ征伐一連の物語は締めくくられる。

粘土版 6

凱旋し美しく身なりを整えたギルガメシュに、愛と美の女神イシュタルが恋をする。イシュタルは求婚を迫るが、ギルガメシュはイシュタルの愛人となった者たち(配偶神ドゥムジなど)の悲惨な末路を数え上げ、その不貞と残忍性を指摘し求婚を断った[注 6]

イシュタルは立腹し、ギルガメシュを殺害しウルクごと滅ぼすため、父アヌに聖牛グガランナを送ることを求めるがアヌは拒否する。イシュタルは冥界から多数の死者を蘇らせ、地上に生ける者を喰わせると言ってアヌを脅し、グガランナを造らせた。グガランナがウルクを荒らし大勢の人々が死にゆく中、ギルガメシュとエンキドゥはグガランナを倒しその心臓をシャマシュに捧げた。イシュタルは怒って城の頂からギルガメシュに向かって呪いを吐いたが、それに怒ったエンキドゥは牡牛の死骸(腿の一部)を投げつける。顔面を汚されたイシュタルは退き、嘆いた。ウルクは歓喜し、2人の英雄ギルガメシュとエンキドゥを称賛する[注 7]

その夜、エンキドゥは不吉な夢を見た。その内容をギルガメシュに語り出す。「何故、大神は会議を開いているのか[注 8]」。

  • シュメール語版での題目は『ギルガメシュと聖なる牡牛』[35]、古代の書名はギルガメシュを指す主語『戦闘の青年の』[36]
  • イシュタルはギルガメシュ凱旋の噂を聞きつけ、その様を見ようとエアンナからギルガメシュの王宮へ出向いたとする説もある(一目惚れではなく、元から知り合いだった)。
  • イシュタルと結婚することは「聖婚儀礼」に連結し、「神の座に就くこと」を意味する。物語はギルガメシュを半神と伝えながら常に人間の側に立たせており、神の座につくことを己の崩壊に結び付けたのだとしたら、ギルガメシュがイシュタルの求婚を受け入れなかったのは「自身の神格化を拒絶した」ということに等しいはずである[37]
  • ギルガメシュは牡牛を始末した後、ラピスラズリでできた角に入っていた約250リットルの油をルガルバンダに贈り、角の方は自身の寝室に飾ったという。シュメール版では異なり、ギルガメシュは牡牛の肉を貧しい子どもたちに分け与え、角はイシュタルに奉献された。

粘土版 7

エンキドゥが夢の内容を語るには、【アヌは「森番フンババと聖牛グガランナを倒したために、2人のうち1人が死なねばならぬ」と言った。エンリルは「エンキドゥが死ぬべきだ」と答えた。シャマシュは「(ギルガメシュたちは)自分の命令に従って牡牛どもを殺したのに、何故エンキドゥが死ぬべきか」と反論した。するとエンリルは「何故ならば、お前(シャマシュ)は毎日あの2人(ギルガメシュとエンキドゥ)の仲間であるかのように行動するからだ」と怒った。】

語り終えるとエンキドゥは病み倒れて泣き、ギルガメシュはエンリルに採決の取りやめを祈る(あなたの神、すなわちエンキドゥの個人神エンリルを訪ねる[38])が、エンリルによるエンキドゥの死の決定は絶対だった。エンキドゥは狩人の仕事が不景気になるよう呪い、「酔っ払いにお前の頬を打たせてやる」などと言ってシャムハトをまでも呪おうとするので、これを聞いたシャマシュは「シャムハトのお陰で人間らしくなれ、ギルガメシュという親友ができた」と諌め、エンキドゥの心を落ち着かせた。後にエンキドゥは冥界にいる夢を見て、死が近いことを悟る。熱病に倒れてから12日目、ギルガメシュとこれまでの思い出を語り合い、共に冒険し寄り添った親友に看取られながら、エンキドゥは息を引き取った。

粘土版 8

夜明けの光とともに、ギルガメシュはエンキドゥを哀悼。ラピスラズリや金で出来た立派な像を作り、紅玉石の入れ物に蜜を詰め[注 9]、青玉石の入れ物にはバターを詰め、これらを飾った物を太陽にさらした(すなわち、太陽神シャマシュに供えた[注 10][注 11]

粘土版 9

埋葬を終えたギルガメシュは荒野を彷徨って泣くうち次第に死の恐怖に怯えるようになり、永遠の生命を求め旅立つ決意を固めた。「大洪水」の生存者、神によって妻とともに不死を与えられたウトナピシュティムに、不死のことを聞き出すための旅である。

ギルガメシュは地の果てでマシュ山(Mount Mashu)の双子山に着く[注 12]。そこには門を守る2人のサソリ人間が居た。サソリ人間たちはギルガメシュが半神であることを見抜き、何故こんな所までやって来たのかを問い訳を聞くが、「この先の山は暗闇に包まれ、入ってしまえば出ることは出来ない」と言ってギルガメシュを引きとめる[注 13]。しかしギルガメシュの意志は固く、サソリ人間が開いた山の門を通って続く120kmの暗闇を歩いた。果てに、宝石やブドウで満ちた木々がある楽園へ辿り着く。

粘土版 10

(長い闇を経て太陽の下に現れた)ギルガメシュを見てシャマシュは困惑し、どこまで彷徨い歩くのか尋ね、「求める生命が見つかることはないだろう」と話す。ギルガメシュは自分なりの答えを言い、先へ進んだ。

そして海辺で酒屋の女将シドゥリに出会い、旅の目的を尋ねられ訳を話すが、彼女からも「求める生命をあなたが見つけることは出来ないでしょう」と言われ、人間はいずれ死ぬものだから生を楽しみなさいと、人生のあり方を示される。それでもエンキドゥの死によって苦しむギルガメシュは考えを変えず、海を渡る道を教えてほしいと頼んだ。シドゥリはギルガメシュの胸中を悟り、船頭ウルシャナビを紹介、彼はギルガメシュを船に乗せ死の海を漕ぎ出した。ウトナピシュティムの島に着いたギルガメシュは旅の目的を話すが、ウトナピシュティムは「神々に創られし者であるならば、そこに必ず命は定められるのだ」とだけ語る。

粘土版 11

ギルガメシュは更に教えを請うと、ウトナピシュティムはどのようにして不死を手に入れたか、その秘事を明かし始めた。

洪水物語

【エア神の説明により私は船をつくり、自分と自分の家族、船大工、全ての動物を乗せた。6日間の嵐により人間は粘土になった。私の船がニシル山の頂上に着地して7日目、鳩、ツバメ、カラスを放ってみた。私は船を開け乗船者を解放した後で神々に生贄を捧げると、その匂いにつられて多くの神が集って来た。

生き残った者がいることを知ったエンリル神は怒り、ニヌルタ神は言った。「エア以外に誰がこんなことをしようか」と。エア神は「洪水など起こさずとも、人間を減らすだけでよかった。ウトナピシュティムに夢を見させただけで、私は何もしていない。彼らがただ賢かったのだ。今は助かった者たちに、助言を与えるべきであろう」と話す。そしてエンリル神は私と妻に永遠の命を与え賜り、私は遥かなる地、2つの川の合流地点に住むこととなった。】

話し終えたウトナピシュティムは、洪水があったのと同じ6日6晩の間を「眠らずにいてみよ」と告げるが、ギルガメシュは眠ってしまった。ウトナピシュティムに起こされたギルガメシュは帰り支度を済まして乗船、ウルシャナビの船が出る──その時、ウトナピシュティムは妻の執り成しによって、土産としてギルガメシュに若返りの植物「シーブ・イッサヒル・アメル[39]」が海の底にあることを教えてやる。ギルガメシュは足に石の重りを付けて海底を歩きその植物を手に入れるが、帰還途中、泉で水浴びをしている間に蛇がその植物を取って行ってしまった。ギルガメシュは泣き、ウルシャナビと共にウルクへ到着(物語の終わり)。

  • 物語はウルクへ到着したギルガメシュの言葉(第1の書版冒頭部分の繰り返し)で結ばれており、不死希求の旅を終え帰国したギルガメシュが、ウルクの建設を果たしたことが示唆されている[40]
  • ギルガメシュにとって旅の成果はいかなるものであったかに注目が及ぶが、不死を得た者が言うには、永遠の命は神々からの贈り物(神の序列に加わっただけ)であってウトナピシュティム自身があずかり知ることではなかった。ギルガメシュは若返りの薬すら手に入れられず、最終的に永眠しているため、旅の果てに永遠の命を諦めたとも、最後には死の恐怖を克服したとも受け取れるというが、書版によっては旅の最後にギルガメシュが「やすらぎを得た」とあり[41]、旅の途中で出会った人から「今ある生を謳歌するように」と諭されていたことからも、何らかの答えを見出したとする説が有力視されている。ただし、そういった感想は著者によって表現、見解が異なる傾向にある。

粘土版 12

粘土版 1~11 とは独立した内容で、シュメル語の神話『ギルガメシュとエンキドゥと冥界』の後半部分(プックとメックーを落とした後)の逐語訳に近い。

  • シュメール語版の現在よく知られる題名は『ギルガメシュとエンキドゥと冥界』[35]、古代の書名を『古の日々に』として古バビロニア時代(紀元前2000年頃)では学校の教材にもなっていた[42]。全文およそ300行を越える興味深い長編だが、神話風のものとなっていて解釈が難しく、前版との続き具合が不自然であるために叙事詩からは完全に切り離されて収録された。ある意味では、本編とは別の過程を辿ったギルガメシュとエンキドゥの別れの物語である。
  • 『ギルガメシュとエンキドゥと冥界』の内容は以下の通りである。

    天地が創造されてしばらく経ったある時、ユーフラテス川のほとりにハラブ(フルップ)[注 14]の木が生えていた。木が南風により倒れると、川の氾濫が起きてハラブの木が流されていく。これを見つけたイナンナ(イシュタル)は、椅子と寝台にする目的のため聖なる園に植えた。ところがその木に蛇やアンズーリリトが棲みついてしまう。イナンナは兄ウトゥ(シャマシュ)に助けを求めるが取り合ってもらえず、ギルガメシュを頼ったところ彼はすぐさま斧を持って蛇たちを追いやった。木は切り倒され、イナンナは礼として木の根元からプック(輪)とメックー(棒)を作り、ギルガメシュはこれを受け取る[注 15]。ところが、詳細は不明だがそれらが大地の割れ目から地下(=冥界)に落ちてしまった。エンキドゥが立候補して拾いに向かうこととなり、ギルガメシュは冥界におけるあらゆる注意事項を言い聞かせるが上手く伝わっておらず、エンキドゥはタブーを破って冥界から帰れなくなる。ギルガメシュはエンリルに訴えたが埒が明かず、エンキ(エア)に助けを求めると彼はウトゥを呼び、最後は冥界にいるエンキドゥが、エンキとウトゥの助けによって地上に戻ることができた。その後はエンキドゥにより冥界の様子が語られるが、プックとメックーについての記述はない。

  • 文学性は「死後の世界」と「生死観への答え」であり、第8版に見るエンキドゥの埋葬儀礼にその背景が示されている。当時シュメール人は、人は死んだら冥界に行くものと考えていた[42]。死者が冥界で歓迎されることとそこでの暮らしが難儀にならないよう、葬儀は手厚く執り行い、埋葬後も死者へ供物を捧げる習慣があった。そういった故人を懇ろに扱うことの必要性を説いているとされる[42]

注釈

  1. ^ ルガルバンダのような祖先神としての意味合いが強い守護神とは別に、個人を守護する「個人神」。古代メソポタミアでは、男児には誕生と同時に個人神があてがわれた。 月本(1996)pp.194,197,注p.18)
  2. ^ 王の務めである神殿の建設などによい資材は欠かせなかったが、古代の南部メソポタミアでは森が枯渇していた。
  3. ^ 当時のシュメール・アッカド地方の言葉で「護符」に当たる単語はなく、「アミュレット」と呼ばれていた。アミュレットは幸運をもたらしたり厄を払うとされる、守護力を持ったいわゆる"魔除け"のことである。自然素材や加工品などを用い、置物にしたり身に付けたりするが、アミュレットとは別に権力者であることを示す色石や貴金属なども護身に繋がると信じられ、身を飾ることは身を守ることと同義であった。 月本(2011)pp.16,104
  4. ^ 目的地は西方となっているが、一説には東方に位置するザグロス山脈にあたる地域でもあるとされている。 岡田・小林(2008)p.239
  5. ^ または13の風。 月本(1996) p.59
  6. ^ イシュタルの悪癖が明らかにされる貴重なシーンだが、このときギルガメシュが発した雑言の数々は、ほとんどが推定的な訳となっている。 矢島(1998)p.244
  7. ^ 讃えられるのはギルガメシュのみであり、それを本人が望んだ、という解釈もあり、そういったことから「友と平等に扱われなかった」としてエンキドゥが嘆く例もあるが(月本 p.p80,86 / pp.332-336)、2人が共に讃えられエンキドゥがギルガメシュに嫉妬するような描写も特に見当たらない書版も多い。
  8. ^ 普通、シュメールにおける地上の7大神は天神アヌ・風神エンリル・水神エアを筆頭に、月神シン・太陽神シャマシュ・金星神イシュタル・大地母神ニンフルサグを指すが、本件で集まったと確認できるのはアヌ・エンリル・エア・シャマシュの4名のみ。
  9. ^ 蜜(蜂蜜)はその特性から、古代文明の重要な儀礼で頻繁に使用されたことが知られている。
  10. ^ これは、大層な埋葬儀礼を施すことで死者が迷わず冥界へ赴けるように、の意。 月本(1996)p.101
  11. ^ アッカド語の「医術文書」に皮膚変色を患った者が快復した際の儀礼として、これと似たような叙述がある。曰く「患者は包帯を焼却し、太陽神シャマシュに蜜とバターの入った菓子らを供え、シャマシュの前に立ち、そして感謝する」。 月本(2011)p.35
  12. ^ マシュ(またはマーシュ)はアッカド語で双生児の意。ここではシャマシュが出入りする日の出の山のこと。 矢島(1998)p.192,月本(1996)p.328。
  13. ^ 2つの山の間は太陽(冥界を巡り日の出と共に現れるシャマシュ)が昇ってくる場所、つまり、マシュ山の麓が冥界に達していることを示している。 月本(1996)p.107
  14. ^ 樫の一種(月本 1996 p.295)
  15. ^ この、楽器(太鼓)或いは遊具(フープ・ローリング)とされる(アッシリア学者ベンノ・ランズベルガーによる仮説)、エルラグ(プック)とエキドマ(メックー)は、ギルガメシュが作ったとも言われる。 岡田・小林(2008)p.244(器具名は月本1996 p.295による)
  16. ^ ギルガメシュは「(ウルクの守護神であり軍神でもある)イシュタルを信頼し、キシュに立ち向かう」ことを決心した。 杉(1978)p.40
  17. ^ ギルガメシュはかつて庇護を求めてアッガの元へ亡命し、アッガはそれを受け入れたという。 杉(1978)p.42
  18. ^ 歌の部分は矢島文夫の訳詩(筑摩世界文学大系Ⅰ 古代オリエント集)に、語りの部分は山室静の著書(児童世界文学全集 世界神話物語集)に基づいた作品。
  19. ^ 1982年に「出発の巻」が、1983年に「帰郷の巻」が、それぞれ関西学院グリークラブにより初演されたが、当時はそれぞれ「前編」「後編」と題されていた。
  20. ^ 1992年に、合唱/関西学院グリークラブ 指揮/北村協一 ナレーション/青島広志にて、東芝EMIよりCDが発売されている。

出典

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  2. ^ 月本(1996)p.3
  3. ^ ギルガメシュ叙事詩研究の第一人者に本当のギルガメシュ像について聞いてみた”. Pokke (2019年). 2020年4月12日閲覧。
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  54. ^ 月本(1996)p.324
  55. ^ 月本(1996)p.332
  56. ^ a b 月本(1996)pp.338-339
  57. ^ 月本(2011)p.63
  58. ^ 岡田・小林(2008)p.iii






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