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ふくだ-たけお ―たけを 【福田赳夫】
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福田赳夫
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/31 09:47 UTC 版)
福田 赳夫(ふくだ たけお、1905年(明治38年)1月14日 - 1995年7月5日)は、日本の大蔵官僚、政治家。位階は正二位。勲等は大勲位。
衆議院議員、農林大臣(第27代)、大蔵大臣(第70・73・74・78代)、外務大臣(第99代)、行政管理庁長官(第36代)、経済企画庁長官(第26代)、内閣総理大臣(第67代)などを歴任した。
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- ^ 祖父、兄もまた、金古町長をつとめている
- ^ 同期に前尾繁三郎、長沼弘毅、西原直廉(財務官参事官など)らがいる
- ^ 小泉や佐藤静雄の政治人生は、福田の秘書となり、かばん持ちをすることから始まった
- ^ 『回顧九十年』 65頁 - 官房長兼秘書課長兼大臣秘書官、それにGHQと折衝する終戦連絡部長をも兼ねた
- ^ 『回顧九十年』 84-85頁に福田は「贈賄側で逮捕された昭和電工の当時の社長日野原節三氏が私の一高、東大の先輩で懇意だったことから、昭和電工への融資に特別の便宜を図ったという理由で私もこの事件に巻き込まれた。ただしこれは検察の全くのデッチ上げであり、判決では“検事の所論はまさにかの鷺をカラスと言いくるめる論法に似たものと評すべきであろうか”として私自身の潔白は明快に証明された」と記している
- ^ 第084回国会 本会議 第3号 昭和53年(1978年)1月21日
- ^ 第085回国会 外務委員会 第3号 昭和53年(1978年)10月16日
- ^ 第085回国会 外務委員会 第5号 昭和53年(1978年)10月18日
- ^ 『朝日新聞』(1977年4月21日付)
- ^ 五百旗頭真「福田赳夫―政策の勝者,政争の敗者―」『戦後日本の宰相たち』中央公論新社,2001
- ^ 北岡伸一『自民党』中公文庫,2009、福田赳夫フェローシップ設立趣意
- ^ 第084回国会 衆議院 決算委員会11号 昭和53(1977年)5月12日
- ^ 第80回 衆議院 法務委員会-8号 昭和52(1977年)年4月6日
- ^ 第084回国会 予算委員会 第23号 昭和53年(1978年)4月3日
- ^ 『回顧九十年』 31-32頁によると、妻三枝は群馬県原町(現東吾妻町)出身の新井文夫(足尾銅山の技師)の三女で、三枝の兄が福田と高崎中学の同窓で仲がよく、福田が東京の学校へ通うようになった頃から、三枝との付き合いが始まったという
- ^ ようこそ伊香保温泉横手館へ
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