境界として
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/05 20:46 UTC 版)
仙台平野は、松島丘陵より北側の「仙北平野」と、南側の「仙南平野」に分けられる。また、仙台湾では、松島湾とその東側の石巻湾が支湾として区別される。宮城県内の地域区分として、松島丘陵により県北(仙北)と県南(仙南)に分ける慣例がある。 歴史の面では、松島丘陵により北の蝦夷側と南の畿内政権側とに分けられた。松島丘陵には多賀城が置かれ、それを境として北側は黒川以北十郡、南側は名取以南十四郡として区別された。南側は早い時期から畿内政権の支配下に入ったのに対して、北側には多数の城柵が造られた。戦国時代には松島丘陵を境に、北が葛西氏や大崎氏の領土で、南が留守氏や国分氏の領土だった。畿内から東に進む山道(後の東山道)と海道(後に東海道に短縮)は、松島丘陵の南の岩沼で合流し、松島丘陵を越えるとまた山道と海道とに分かれた。 方言については、松島丘陵により、単語のアクセントにおいて、北の東京式アクセント地域と南の無アクセント地区とに分かれる。松島丘陵自体のアクセントは、両者の混在、あるいは遷移地域となっている。ただし、アクセントは異なるものの語彙は同じであり、両者とも仙台弁に含まれる。食文化の面では、松島丘陵より北側の旧・仙台藩の領域では、里芋を用いた秋の鍋料理を芋の子(汁)と呼び、鶏肉・醤油味が主流であるのに対し、南側では芋煮と呼び、豚肉・味噌味が一般的である。また松島丘陵より北側の仙台藩の地域では、餅文化が発達している。この地域では広くみられるが、町おこしに使用している宮城県内の自治体はなく、岩手県一関市が主に使用している。
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