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三省堂 大辞林

三省堂三省堂

さいちょう ―てう 0 【再調】

(名)スル

調べなおすこと。また、ととのえなおすこと。

さいちょう ―ちやう 0 【最長】

(1)最も長いこと。

最短
日本―の
(2)最も年上のこと。最年長
最少
(3)最もすぐれていること。
孝養百行の―、竜天必ず哀愍す/盛衰記 7」

さいちょう ―てう 0犀鳥】


さいちょう 【最澄】

(767-822) 日本天台宗開祖。姓は三津(みつのおびと)近江の人。比叡山入り法華一乗思想傾倒し、根本中堂創建804年入唐翌年帰国し、天台宗開創。「山家学生式(さんげがくしようしき)」をつくって大乗戒壇設立請願したが、南都反対にあい、死後七日目に勅許がおりた。日本最初大師号伝教大師勅諡(ちよくし)される。書状久隔帖(きゆうかくじよう)」は名筆として知られる。著「顕戒論」「守護国界章」など。叡山大師山家大師根本大師


大津の歴史事典

大津市歴史博物館大津市歴史博物館

最澄

読み方:さいちょう(767~882)

日本天台宗の祖。伝教大師渡来人三津首(みつのおびと)氏の出身幼名広野といった。15歳得度したが、奈良時代以来官寺仏教疑問持ち比叡山に籠もり修行。その間、山中虚空蔵尾(こくぞうのお)で霊木を得、自ら薬師如来尊像刻み、まつった(根本薬師堂、後の根本中堂)。これが比叡山延暦寺始まりとなる。また根本経典を『法華経』に求め、これによって末法の世生きる人々を救おうと決心した。延暦23年(804)には唐に渡り天台山などで修行入唐求法)。帰国後、桓武天皇支持をうけて天台宗創設朝廷信仰集め延暦寺基礎を築いた。弘仁2年(822)没。




隠語大辞典

皓星社皓星社

才鳥(さいちよう)

読み方:さいちょう

  1. とんび(※「とんび」)の項参照

分類 会社株式経済

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