黄金の夜明け団
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実践
当時人気のあったヘレナ・P・ブラヴァツキーの神智学協会との大きな違いは、メイザースが魔術師として、会員に絶えず実験やデモンストレーション(体験)の機会とその方法を与えたことである[57]。それぞれの等級に結び付いた儀式は、独創的な言葉と秘教的で宗教的な象徴を幅広く組み合わせ、志願者に効果的に強い心理的・霊的なショックを与え、西洋秘教主義の本質を首尾よく植え付けるよう設計されていた[48]。
黄金の夜明け団は儀式魔術を眼目にした団体であり、上述の教義知識はそのセレモニー(魔術儀式)の中で活用された。儀式魔術とは、魔術概念の身体的表現であり、舞台となる密室の設置から室内に細かく配置する大道具小道具の取り揃え、および参加者それぞれの衣装と台詞と動作の一つ一つに特定の知識を伴うという、特別な演劇を媒体にした秘教哲学の体現化芸術であった。儀式魔術の実践は団員の連帯感を高めると同時に、参加者たちの感性と知覚能力に一定の影響を及ぼすと信じられており、定期的に履行された。またゆっくり一つ一つ「段差」なく魔術を理解できるように、世界の統一された真理の解明を進めており、自らの手で必要だと感じた奇跡の起こし方を調達するために、精巧なボードゲームを参考にして、永遠に終わりの見えない「工作キット」の開発を目指していた。
また、アストラル投射と称される夢見技法も持てはやされていた。黄金の夜明け団はこの夢見技法をマニュアル化しており、かなりの個人差はあったが、それなりの確率で白昼夢の世界に入り込むことができたようである。アストラル投射の手順とは、特定の象徴物を凝視しながら意識を集中し、自分自身がその象徴の中に入り込むように想像力を強く働かせるというものであった。熟達するにつれて始めは無理やり想像していたイメージの実感が徐々に明確になり、ついには立体化した想像空間が意識の集中を離れて自動的に脳内で織りなされるようになる。それがアストラル旅行の出発点となった。スクライング(水晶占い)との違いは、より能動的に幻視された世界を動き回れることである。凝視する象徴物の組み合わせを変えることで、アストラル旅行の内容も様々に変化するという奥深さが多くの団員を虜にした。前述の生命の樹を中心にした象徴照応教義はこの時に最大活用された。ただし情緒不安定を誘引するという副作用も指摘されており、多用は戒められていた。
ジュールス・エヴァンスによると、団員たちは、超人への霊的進化を助ける手段として性魔術を使うよう教えられており、その基本的な考え方は、二人の団員(通常は夫と妻)の間に性的な魅力により、相反する「磁気極性」が生まれ、霊的な進歩のために使えるエネルギーが発生するというものだった[10]。また、性魔術によって、生まれてくる子どもが人類の進化を助ける高度に進化した魂の転生であることを保証できると信じていた[10]。エヴァンスは、彼らはおそらくカバラの体系から、特に13世紀のカバラの文書である『ゾーハル』からこのアイデアを取り入れたと考えている[10]。研究者のマーラ・セゴルによると、この『ゾーハル』一節の背後にある考え方は、セックスするときに両者が適切な霊的・精神的な心構えでいれば、ヤハウェ(神)の祝福を降ろすことができ、生まれてくる子どもが「有徳の人(righteous)」の一人になる可能性が高くなるというものである[10]。ただし、呪文がうまくいかなかったり、心が不純だったりすると、誤って悪魔の子が転生してくる可能性があるとされた[10]。例えばクロウリーとイェイツは、妻との間に性魔術によって、超人、救世主を生もうとしたという[10]。
魔術儀式
インペレーターからセンティネルまでの10人が役割を決めて、それに準じた装束や象徴武器で身を固め、特定の順序で呪文や動作をこなしていく。カバラを下地にして、エジプト神話、ギリシャ神話、タロット、エノクなどを組み合わせ、共通する神の記号や光の象徴を抽出して本質に迫る術式群を備えている。探索者がクリスチャン・ローゼンクロイツの墓所を発見するエピソードにちなんだ儀式が代表格である。蒸気機関などの自然科学が席巻する時代に生まれたこともあり、聖書の記述を鵜呑みにせず、聖書発生以前の古代宗教の変遷を紐解く試みも行い、母体のヘルメス学の影響から、地中海を挟んだ最も身近な異文化であるアフリカ大陸に残るエジプト神話に特に着目し、儀式にはエジプト神話の神々の恰好をしていた。
フロレンス・ファー、ウィリアム・バトラー・イェイツ、アニー・ホーニマン、モード・ゴン等は演劇界で活躍しており、教団のメソッドの中心である儀式のパフォーマンスについては、魔術との演劇的な関わりとして理解されている[7]。パフォーマンス、衣装、小道具、舞台装置はすべて、教団の儀式と教育実践の重要な要素であり[7]、ファーはエジプト魔術、ヘルメス主義、カバラ、錬金術等の類似点を探求し、考古学者のウォーリス・バッジによる古代エジプトの『死者の書』の翻訳等を研究し、それらを儀式の呪文や魔術の象徴のインスピレーションとして使用した[12]。
クラス | 役職名 | 原語 | 意味 | 対応神 | 元素 | 必要階級 |
---|---|---|---|---|---|---|
三首領 | インペレーター | Imperator | 司令官 | ネフティス | 火 | 6°=5□ |
プレモンストレーター | Praemonstrator | 指導者 | イシス | 水 | 7°=4□ | |
カンセラリウス | cancellarius | 書記 | トート | 気 | 5°=6□ | |
主要司官 | ハイエロファント | Hierophant | 司教 | オシリス | 5°=6□ | |
ハイエルース | Hiereus | 司祭 | ホルス | 4°=7□ | ||
ヘゲモン | hegemon | ガイド | マアト | 3°=8□ | ||
準司官 | ケルックス | Kerux | ヘラルド | 東アヌビス | 2°=9□ | |
ストリステス | Stolistes | 準備者 | ムト | 1°=10□ | ||
ダドゥコス | Daduchos | 松明者 | ネイト | 1°=10□ | ||
センティネル | sentinel | 番兵 | 西アヌビス | 0°=0□ |
注釈
- ^ 江口之隆は「マサース」、ヘイズ中村は「マザース」、吉村正和は「マザーズ」とカナ表記している。
- ^ 原語はラテン語で「Ordo Rosae Rubeae et Aureae Crucis (R. R. et A. C.)」。「紅い薔薇と黄金の十字の教団」の意。澁澤龍彦は「紅薔薇黄金十字」[8]、江口之隆は「ルビーの薔薇と金の十字架」団と翻訳[9]。
- ^ 一方、この形相の同一性を物質で表現したものが象徴である[20]。
- ^ アレックス・オーウェンは、生気主義のアンリ・ベルクソンはオカルトには興味を持っていなかったが、彼の哲学と当時のオカルティストたちの世界観が、部分的に類似していることを指摘している[14]。
- ^ 異教はフェミニストの自己実現の場ともなった[28]。
- ^ 1884年に社会民主連盟が設立、1885年にはラファエル前派の詩人でアーツ・アンド・クラフツ運動の芸術家ウィリアム・モリスが社会民主連盟から脱退して社会主義同盟を設立した[29]。
- ^ 英国薔薇十字協会は、秘教的な事柄に関心をもつ少数のフリーメイソン(フリーメイソンリーの会員)によって1866年に結成された[35]。メイソンのみで構成された団体ではあるが、フリーメイソン組織ではなく[36]、メイソンリーに付属する秘教研究会のような存在であった(黄金の夜明け団とは異なり、魔術は研究対象ではなかった)[37]。1870年代から1880年代にかけて、同協会ではいくつかの儀式や、カバラやフリーメイソンの象徴性についての講義などが行われていた[38]。
- ^ 黄金の夜明け団の「神殿(英: temple)」は一般にテンプルと和訳される。フリーメイソンリーなどでいうロッジの代替名である[40]。ロッジはメイソンリーを構成する組織的ユニットであり、第1に「特定の集会所に属する会員で構成される組織」、第2に「その構成員が集会を催す会場(建物)」という2つの意味を併せもつ[41]。元来は建築に従事する石工の設営する仮小屋を指したが、メイソンリーにおいては組織や会合を指す抽象的概念となり、また、その集会所はメイソンリーにとって重要なソロモン神殿の象徴ともみなされた[42]。
- ^ アンナ・キングスフォードは1884年にヘルメス協会を設立し、東洋の霊性に焦点を当てていた神智学協会と異なり、ヨーロッパの秘教伝統に取り組んでおり、黄金の夜明け団の明らかな先駆者である[7]。
- ^ すぐに階級を上げたが、短期間で退団[7]
- ^ 子どもを病気で亡くし失意のどん底にあったモード・ゴンは、交霊会やヴィジョン、あやしげな超能力者に救いを求め、心配した友人のウィリアム・バトラー・イェイツに説得され入団した[33]。しかし、彼女にとって教団の儀式は興ざめで、会員のほとんどは中産階級の俗さそのものにしか見えず、短期間で退会した[33]。
- ^ ジュールス・エヴァンスは、メイザースとモイナは性魔術のパートナーであると述べている[10]。
- ^ ヴィクトリア朝はモラルが厳しく、ホモセクシャルはダーウィンの進化論から派生した人種退行理論(変質論)と結びつき、イギリス人の男性性を損なうものとしてヴィクトリア朝後期の最大の禁忌となっており、排斥の機運が強かった[51]。
- ^ 「真の自己」を指す造語[58]。
- ^ ファーは退団後に神智学協会でエジプトの宗教の研究を行ったが、神智学の神聖なる両性具有という考えとは異なり、神聖なる女性原理を主張し、優生学的フェミニズムのオカルティズムを展開した[60]。
- ^ 『デューン』に登場する主人公の母レディ・ジェシカは、ベネ・ゲセリットのメンバーである[10]。
出典
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