野生児 野生児の概要

野生児

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/18 02:41 UTC 版)

野生児の分類

野生児には次の3種類がある[2]

  1. 動物化した子ども。つまり、獣が人間の赤ん坊をさらったり、遺棄された子供を拾ったりして、そのまま動物によって育てられた場合。育てていた動物としては、狼・熊・豹・豚・羊・猿・ダチョウといった事例が報告されている。育て親の動物については地域によって特徴があり、東欧では熊、アフリカでは猿、インドでは狼の報告が多い[3]。代表例は狼に育てられたとされるアマラとカマラ
  2. 孤独な子ども。つまり、ある程度は成長した子供が森林などで遭難したり捨てられたりして、他の人間とほとんど接触することなく生存していた場合。絶対的野生児。代表例はアヴェロンの野生児
  3. 放置された子ども。つまり、幼少の頃に適切な養育を受けることなく、長期間にわたって幽閉されていたり放置されていた場合。擬似野生児。野生で育ったわけではないが、幼少期に十分な人間社会との接触が得られなかったという意味で野生児と同等に扱われる。代表例はカスパー・ハウザー

それぞれの代表例として挙げたアマラとカマラ、アヴェロンの野生児、カスパー・ハウザーについては資料が比較的しっかりと残っており、野生児の研究ではよく取り上げられる。ただし乳児から人間を別種の動物が育てるのはその動物に育てる気があっても非常に困難であり[4]、「動物化した子ども」のカテゴリーはアマラとカマラを含め大半の話が捏造とみなされていて、実際は発達障害等のため捨てられた「孤独な子ども」を動物と結びつけた創作話が多く紛れ込んでいるというのが定説となっている。

野生児の記録

狼の乳を飲むロームルスとレムスの像(カピトリーノ博物館蔵)

野生児の事例はこれまでに多数報告されている[5]。動物に育てられた子どもの話は神話伝説の中にも見受けられ[6]、例えばローマ神話においてロームルスレムスは狼によって育てられたとされる。社会心理学者のルシアン・マルソンは、1344年発見のヘッセンの狼少年から1961年発見のテヘランのサル少年まで53のケースを表にまとめており[7]人類学者のロバート・ジングも35のケースについて解説を行っているほか[8]、31人について各々の野生児の特徴をまとめた総括表も作成している[9]

しかし、古い事例では信頼性のある詳細な記録が残っていない場合が多く、ロバート・ジングは「ミドナプールの野生児(アマラとカマラ)が、これまで(1942年頃まで)に蓄積された記録のうち科学的資料として認められる唯一の例」だとしている[10]。ただし、アマラとカマラの事例についても、その真実性には議論がある(アマラとカマラの項目を参照)。

また、野生児だと思われていた事例が、後にそうでないと発覚したこともある。1903年に推定12~14歳で捕らえれ、類人猿に育てられていたとされていた南アフリカのひひ少年リューカスは[11]、ロバート・ジングによってつくり話だと指摘された[12]。また、1976年5月にブルンジで発見され、と一緒に4年程度生活していたとされる少年は[13]1978年心理学者のハーラン・レインによってそうではないことが判明した[14]

野生児が発見・保護された場合、後述するように社会性を失い痴愚的な状態となっているため、人間らしくするための教育が行われることが多いが、ほぼ完全に人間らしさを取り戻した事例は少ない。比較的回復に成功したと考えられるケースとしては、カスパー・ハウザー、小ターザン、ソンジーの少女、隔離児イザベルなどが挙げられる(主な事例の節を参照)。保護された野生児を教育しなおす場合、「動物化した子ども」「孤独な子ども」のケースでは動物との生活や野生での生活で身につけた習慣・条件付けを除去しなければならないが、「放置された子ども」のケースではその必要性はないため、孤立の期間が短ければ回復できる場合が多い[15]

野生児の事例は、「人間の幼少期に覚えた習慣は恒久的なものとなる」「発達初期段階に社会との接触が得られないと、その後の社会化が困難になる」といったことの根拠としてしばしば用いられる[16]

野生児の特徴

もともと野生人という概念は生物学者のリンネが著書『自然の体系』において初めて科学的に扱った[17]。リンネは野生児ピーターやクラーネンブルクの少女、ソンジーの少女などの実例をいくつか挙げ、野生人の特徴として

  1. 四つ足
  2. 言葉を話さない
  3. 毛で覆われている

の3つを指摘した。このうち3つ目の多毛という特徴は妥当でないことがわかっている(多毛であると報告された野生児の事例の方がわずかである[18])。ただし、正常な歩行が困難・音声言語を持たないという特徴は多くの事例に適合する[19]

このほかに、野生児には

  1. 暑さや寒さを感じないなど感覚機能が低下している
  2. 情緒が乏しく人間社会を避ける
  3. 羞恥心がなく衣服を着用しようとしない
  4. 相応の年齢になっても性的欲求が発現しにくいまたは発現しても適切な対象と結び付けられない
  5. 生肉・臓物など調理されていない食品を好む

といった特徴がしばしばみられる[20]

野生児が発見・救出されたあとは、共通して痴愚的な状態となっているが、このことからもともと野生児たちは知的障害児あるいは自閉症児であり、だからこそ親に捨てられて野生化したのだと考える人もいる。実際にディナ・サニチャーの事例などは先天的な白痴であったと考えられている。しかし、救出されたのちにほぼ完全に知的に回復した野生児の事例も存在するほか、「何人かの野生児は野生で生き延びるための手段・技能を自力で開発しており、先天的な知的障害であればそういった知恵が働かなかったはず」という反論もある[21]


  1. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』の122頁によると、野生人とは野生児の分類の節で示した3つの類型のうち1と2のパターンを指す(つまり「放置された子ども」を除いた純粋な野生児のこと)。
  2. ^ 『野生児の世界―35例の検討』3-4頁の訳者まえがきより。なお、「動物化した子ども」「孤独な子ども」「放置された子ども」という語句は『野生児―その神話と真実』126頁で、「絶対的野生児」「擬似野生児」という語句は『砂漠の野生児―サハラのカモシカ少年』(J・C・アルメン著、佐藤房吉訳、評論社、1975年、169頁)で、「孤立児」という語句は 『アヴェロンの野生児―禁じられた実験』(ロジャー・シャタック著、生月雅子訳、家政教育社、1982年、3頁、ISBN 978-4760601950)でそれぞれ使われている。
  3. ^ 藤永保 『幼児教育を考える』 岩波書店、1990年、163頁。ISBN 978-4004301219
  4. ^ 動物園で犬が虎などの子を育てた記録はあるが、人間の子供は乳離れも歩行も哺乳類の中ではかなり遅い部類で、養親について行くことができなかったり、母乳がすぐに止まるなどして餓死してしまう。また母乳の成分が違う動物だと消化することができず、栄養が採れない。
  5. ^ 外部リンクの節で示したFeralChildren.comでは、2008年現在で100以上の野生児の事例を紹介している。
  6. ^ 『野生児―その神話と真実』81-85頁。
  7. ^ 『野生児―その神話と真実』の127-129頁に掲載されている。
  8. ^ 『野生児の世界―35例の検討』を参照。
  9. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』の170-177頁に掲載されている。
  10. ^ 『野生児の世界―35例の検討』98頁。
  11. ^ J・P・フォーリー・ジュニア 「南アフリカの「ひひ少年」」『遺伝と環境―野生児からの考察』30-43頁。
  12. ^ ロバート・ジング 「南アフリカの「ひひ少年」への異論」『遺伝と環境―野生児からの考察』43-64頁。
  13. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』のカバー写真の解説文より。
  14. ^ C・マクリーン著、中野善達訳編 『ウルフ・チャイルド―カマラとアマラの物語』 福村出版、1984年、7頁、ISBN 978-4571210044
  15. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』131-132頁。
  16. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』183頁。
  17. ^ 以下、リンネに関する記述は『野生児の世界―35例の検討』の9頁・14-15頁・97-98頁や『遺伝と環境―野生児からの考察』の122-123頁などを参照。
  18. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』の170-171頁に掲載された野生児の事例の総括表によると、そこに挙げられた31人の野生児のうち多毛であるとされているのは3人のみである。
  19. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』の170-171頁に掲載された野生児の事例の総括表によると、そこに挙げられた31人の野生児のうち19人が四つ足で動き、22人が話しことばを持たなかったとされている。
  20. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』147-169頁の「要約と結論」やそのあとの総括表を参照。また、『野生児の世界―35例の検討』284頁の訳者あとがきにも野生児の特徴が簡潔にまとめられている。
  21. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』148-149頁、『野生児の世界―35例の検討』16-17頁。
  22. ^ 『野生児の世界―35例の検討』147-150頁。
  23. ^ 『野生児の世界―35例の検討』203-207頁。
  24. ^ 『野生児の世界―35例の検討』106-121頁。
  25. ^ 『野生児の世界―35例の検討』236-244頁。
  26. ^ 『野生児の世界―35例の検討』209-215頁。
  27. ^ 『野生児の世界―35例の検討』27-29頁。
  28. ^ 以下、『野生児の世界―35例の検討』125頁・128-132頁を参照。
  29. ^ 『野生児の世界―35例の検討』56-66頁。
  30. ^ 『野生児の世界―35例の検討』66-72頁。
  31. ^ 『野生児の世界―35例の検討』72-76頁。
  32. ^ 『野生児の世界―35例の検討』244-259頁。
  33. ^ J・C・アルメン著、佐藤房吉訳 『砂漠の野生児―サハラのカモシカ少年』 評論社、1975年。
  34. ^ 笠間亜紀子「6歳で救出された虐待女児「成長記録」」『Yomiuri Weekly』 2004年10月10日号、読売新聞東京本社、90-93頁。
  35. ^ “【虐待はどんな傷を残すのか】(3)“犬小屋”に2児を監禁1年半 「究極のネグレクト」回復の鍵は「愛着」”. MSN産経ニュース. (2010年5月24日). オリジナルの2010年5月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100527085649/http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100524/crm1005241830018-n1.htm 2022年10月31日閲覧。 
  36. ^ 林隆博 (2010年10月8日). “「普段着の小児科医」59. 虐待・隔絶児と言葉の発達;養育不全と心の発達障害”. チャイルド・リサーチ・ネット(CRN). 2023年2月8日閲覧。
  37. ^ “犬猫に育てられた5歳の少女、ロシアで保護”. MSN産経ニュース. (2009年5月29日). オリジナルの2009年5月31日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090531062559/http://sankei.jp.msn.com/world/europe/090529/erp0905290727000-n1.htm 2022年10月31日閲覧。 
  38. ^ Russian Police Find Feral Girl In Siberia[リンク切れ] Planet Ark、2009年5月28日。
  39. ^ マルソン、p.83-84
  40. ^ 『遺伝と環境―野生児からの考察』147頁。
  41. ^ Carzon, Pamela (2019年9月). “Cross‐genus adoptions in delphinids: One example with taxonomic discussion” (英語). Ethology. pp. 669–676. doi:10.1111/eth.12916. 2022年5月28日閲覧。
  42. ^ ヒョウの赤ちゃんを育てるライオン、インドで見つかる:朝日新聞GLOBE+”. 朝日新聞GLOBE+. 2022年5月28日閲覧。


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