都営バス練馬支所 廃止路線

都営バス練馬支所

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/18 04:53 UTC 版)

廃止路線

(旧) 学05系統

55系統として日本女子大学独協学園獨協中学校・高等学校へ、旧学バス系統番号(50番代)でそれぞれ直通で設定された。途中停留所は全て通過で直通運転していた。1972年(昭和47年)に学バスの新系統番号を与えられ、学05系統の甲乙となった。1974年10月の営団地下鉄有楽町線の開通に伴い、日本女子大学への輸送に一本化する形で学05甲の目白駅前 (川村学園) - 日本女子大だけとされ、学05乙の目白駅前 (川村学園) - 独協学園は廃止された。なお、停留所名は「協学園」だが、学校名は「協学園」[注釈 4]である。

学05出入系統

  • 学05出入:練馬車庫 - 江古田二又 - 南長崎二丁目 - 目白駅

学05の出入庫系統。現在は、白61系統に統合されている。

(108→8→)橋68→白61乙系統

橋68系統は、108系統として新橋駅前 - 石神井公園駅前が西武自動車(現:西武バス)と相互乗り入れで開通し、都心部へ直通していた路線のひとつであった。石神井公園駅前 - 大泉学園駅前を延長した。後に石神井公園駅前~大泉学園駅前間に、一方通行が設定されたために、上りの新橋駅前行きは、石神井公園駅前を経由せずに、後から開設された132(宿62)系統大泉学園駅前~新宿駅西口の路線と同じ経路の北田中(→三原台一丁目)経由とされた。この路線の折り返し系統として豊島園折り返しの8系統を都営単独系統として設定した。その後、本線の108系統は西武バスでは廃止、都営では練馬区役所前 - 谷原2丁目→石神井公園駅前→大泉学園駅前→北田中→谷原2丁目が廃止され、8系統へ統合された。1972年の系統番号整理の際に、8系統は橋68系統となった。1977年(昭和52年)12月15日限りで江戸川橋 - 新橋駅間を廃止、白61乙系統へ変更された。これに伴い、従来の白61系統は「白61甲」として区別された。白61乙系統は、白61甲系統の区間便である江戸川橋行とは経路が異なっていた。白61甲系統の江戸川橋折り返し便は1979年(昭和54年)11月22日限りで廃止された。

(132→)宿62系統→新江62系統

  • (132→)宿62:大泉学園駅前 - 東映撮影所前 - 北田中 - 谷原町二丁目 - 中村橋駅入口 - 練馬区役所前 - 練馬駅通り - 桜台駅通り - 豊玉中二丁目 - 江原町二丁目 - 西落合三丁目 - 中井駅前 - 東中野駅前 - 中野坂上 - 新宿駅西口(1973年6月10日まで西武自動車→西武バス練馬営業所と共同運行)
  • (132→)宿62:大泉学園駅前 - 東映撮影所前 - 北田中 - 谷原町二丁目 - 中村橋駅入口 - 練馬区役所前 (回送~練馬車庫前)(※都営バスの便のみ。1972年~1980年時点)
  • 宿62:大泉学園駅前 - 東大泉二丁目 - 三原台一丁目 - 谷原二丁目 - 中村橋駅入口(←練馬駅通り・練馬区役所入口→練馬駅前→桜台駅前→練馬車庫前)(1980年以降。練馬車庫前→練馬駅通りは回送。※字幕は練馬車庫→大泉学園駅)
  • (132→)宿62:練馬区役所前 → 練馬駅通り → 桜台駅通り → 豊玉北二丁目 → 江原町二丁目 → 西落合三丁目 → 中井駅前 → 東中野駅前 → 中野坂上 → 新宿駅西口(都営バスの便のみ。1972年時点。早朝の練馬区役所前始発は5 - 6便の都営バス便のみの運行)
  • 新江62:大泉学園駅前 - 東大泉二丁目 - 三原台一丁目 - 谷原二丁目 - 中村橋駅入口 - 練馬区役所前 - 練馬駅前 - 桜台駅通り - 新江古田駅前
  • 新江62:大泉学園駅前 - 東大泉二丁目 - 三原台一丁目 - 谷原二丁目 - 中村橋駅入口 - 練馬区役所前 - 練馬駅
  • 新江62:練馬車庫前 → 練馬駅 → 練馬区役所前 → 中村橋駅入口 → 谷原二丁目 → 三原台一丁目 - 東大泉二丁目 - 大泉学園駅前
  • (宿62→)新江62:練馬車庫前 → 豊玉北四丁目 → 練馬区役所前 → 中村橋駅入口 → 谷原二丁目 → 三原台一丁目 → 東大泉二丁目 → 大泉学園駅前(※練馬駅には寄らず)
  • (宿62→)新江62:大泉学園駅前 → 東大泉二丁目 → 三原台一丁目 → 谷原二丁目 → 中村橋駅入口 → 練馬区役所入口 → 練馬駅前 → 桜台駅前 → 練馬車庫前

1959年(昭和34年)3月1日付けで132系統として新宿駅西口発着で運行を始め、当初は西武自動車(現・西武バス)と相互乗り入れを行っていた。1972年(昭和47年)の系統番号再編成により宿62系統へ変更された。新系統番号変更の翌1973年(昭和48年)6月10日限りで西武バスが撤退[8]するが、路線改変は実施されず都営単独で継続された。

2009年4月1日にはとバス委託となり杉並支所へ移管された。2013年(平成25年)4月1日付で西武バスが同一ルートの新江線を創設したため大幅減便された。そして同年9月30日限りで都営バスとしての運行を終了した。

中63系統

交通局第2次再建計画に伴う追加の路線再編成により、1979年(昭和54年)11月23日付で小滝橋営業所の橋63系統を分割し誕生した路線。

国立病院医療センター構内(国立病院医療センター正面玄関そば)を起終点とし、通院客には大久保通り上の橋63系統(大久保駅行)のバス停まで徒歩で往来せずに済むメリットがあった。しかし路線分断により都心へ直通しなくなったこと、国電中野駅南口の京王バスと北口の関東バスの両方のターミナルに乗り入れなかったことなどから、乗客数は伸びなかった。また中野駅以北では京王帝都電鉄の練馬線や関東バスの練馬線・茂呂線、中野駅から東中野二丁目ないしは大久保駅前までの区間でも、京王帝都の初台線、関東バスの野方線が重複しており、これらの他社線と歩調を合わせたダイヤが組まれていなかった。

こうしたことから本系統は不採算路線と判断され、1988年(昭和63年)10月15日限りで廃止された。これにより、共同運行相手の京王帝都電鉄は山手線内へ乗り入れる系統が消滅した。


注釈

  1. ^ ただし、2004年より国際興業バス池袋営業所が貸切運転で、椿山荘と池袋駅西口を結ぶ無料シャトルバスを運行するようになった。
  2. ^ 現「Hareza池袋」停留所。
  3. ^ ただし、かつて存在した杉並営業所所轄の中77系統は、池65系統と哲学堂前から、江古田三丁目まで同じ道を運行していた。中77系統は関東バスと相互乗り入れのため、「丸山車庫前」として停車していた。
  4. ^ 校名の変遷については「学校法人獨協学園#略歴」を参照。

出典

  1. ^ a b c d 東京都交通局『東京都交通局70年史 再建10年の歩み』1981年[要ページ番号]
  2. ^ a b c d 都営バスの路線新設について 運行系統(練68)の新設 実施日:令和元年10月1日(火) 都営バスのニュース【お知らせ】、東京都交通局、2019年9月17日、2022年3月20日閲覧。
  3. ^ a b c d e お知らせ(練68系統新設)、東京都交通局、2019年9月17日、2019年9月26日閲覧。
  4. ^ 再設置と云えども、バス停留所の設置には、面した地主などの許可を取り付けた上で、設置許可の申請をしなければならない。
  5. ^ 練68 練馬駅発 目白駅前行 都バス運行情報サービス、東京都交通局、2022年3月20日閲覧。
  6. ^ 都バス路線図「みんくるガイド」 東京都交通局、2022年3月20日閲覧。
  7. ^ 部内では色物と呼ぶ。最終は赤、終前は緑(青と呼ぶ)のランプで照していたため、現行は赤、緑のLEDで囲むために呼ばれる。単に赤、また青と云うだけで、最終および終前の意味と伝わる。
  8. ^ 現在新座営業所の所管泉30系統大泉学園駅-片山小学校(-新座駅・新座営業所)の路線新設に辺り車輌捻出のため、自社担当便の運行を停止するとされていた。直接の運行担当は上石神井営業所(バス停留所;西武車庫前)であり、当路線宿62系統の担当の練馬営業所(バス停留所;南田中車庫前)ではなかった





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