避難
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/16 15:14 UTC 版)
避難と情報
避難の目安を示すために社会が行うのは、災害の水準や可能性を示す警報や避難指示などである[14]。
警報や避難指示の効果が高いのは、危険の接近速度が速い台風や大雨、津波のような現象である。特に、ハード対策を超えるような大きな外力の災害ほど有効で必要性も高い。ただし、地震のように突然かつ予知可能性が低いものは、技術的に困難であり警報に依存することができない[14]。
また、警報や避難指示はある程度まとまった空間的・時間的区切りで出さざるを得ないのに対して、危険性の程度や種類は地域によって大きく異なる点に留意する必要がある。そのため、警報を出す行政側としては、空振り経験の繰り返しや回避可能な二次被害を招きかねない一律的な発表ではなく、ある程度細分化した区切りでの発表が求められる。一方、警報を受け取る住民側としては、予め地域の災害の特性を学んでおくことで、警報を参考に危険性を正しく評価できるようにすることが求められる[14]。
日本の避難情報
日本では、洪水、土砂災害、噴火などの災害で住民の生命に危険が及ぶ恐れがあるとき、災害対策基本法に基づいて市町村長が、避難に関する情報を発表する。以下の3種類があり、下の方ほど重い。
名称 | 性質 |
---|---|
「高齢者等避難」 [注 1] |
対象地域の要配慮者(避難に時間が掛かったり手助けが必要だったりする高齢者、障害者、乳幼児等)に対して、早めの避難を促すもの。 また、要援護者以外のすべての住民などに対しても、今後の危険性増加に対して準備をすることを求める。警戒レベル3。 |
(2021年5月に廃止) | |
「避難指示」 [注 2] |
対象地域のすべての住民[注 3]などに対して、危険な場所から避難することを求めるもの。まだ猶予を持って安全を確保できる段階。警戒レベル4。 |
「緊急安全確保」 [注 4] |
災害が切迫または既に発生しており、避難または屋内安全確保を求めるもの。この段階では、行動を取っても身の安全を確保できるとは限らない。警戒レベル5。 |
なお、居住地域への適用例は極めて少ないが、災害対策基本法には「警戒区域の設定」の規定もある[28][29][30]。市町村長が区域を指定し、災害応急対策に従事する者以外、区域内への立ち入りを制限(禁止)するとともに、退去を命令するものである。こちらは、従わなかった者に対し罰金または拘留の罰則規定がある。
避難準備は災害対策基本法法第56条(市町村長の警報の伝達及び警告)、避難指示および緊急安全確保は同法第60条(市町村長の避難の指示等)、警戒区域の設定は同法第63条(市町村長の警戒区域設定権等)に、それぞれ規定されている[27]。すべて原則として市町村長が行う。ただし、被災により市町村の行政機能が損なわれたときは都道府県知事が行うこととなっており、さらに市町村長が情報を出すことができないときや市町村長から指示があったときは、警察官または海上保安官が代行することが認められている(同法第61条・63条)。
2021年5月、政府は「避難勧告」を廃止して「避難指示」に一本化し、「避難指示」よりも切迫した状況の情報を「緊急安全確保」に変更した[27]。避難準備は2000年代になって創設されたもので、当初は法律に規定されていなかったが、2013年の災害対策基本法改正により明記された。2016年12月には、同年の台風10号の水害で高齢者施設の被害が発生した教訓から、避難準備の呼称を変更した[31]。2021年5月に廃止された「避難勧告」は、より重い「避難指示」と混同されやすい問題があった[28]。なお、「避難命令」という名の情報は日本には存在せず、海外のように罰則を伴う命令という点では警戒区域の設定がこれにあたる[28]。
- 発表基準の目安[注 5]
-
- 高齢者等避難
- 水害 : 川の水位が避難判断水位に達しており更に上昇すると見込まれる場合や、(大きな川の中下流域では) 洪水警報に相当する危険度分布「警戒(赤)」の場合など。
- 土砂災害 : 大雨警報(土砂災害)が発表された場合や、危険度分布「警戒(赤)」の場合、過去の事例に基づく雨量基準などで早期避難を開始すべき水準に達した場合など。また、大雨注意報発表中の夕刻の段階で夜から早朝の間に大雨警報への切り替えの可能性がある場合。
- 高潮 : 警報に切り替える可能性が高い旨の高潮注意報発表や、高潮特別警報発表の可能性がある場合(上陸24時間前)。
- なお風水害では、台風等で避難が難しくなる暴風が予想される場合は風の弱い段階で、夜間から明け方に強い降雨が予想される場合は夕方の時点での発表を検討する。
- 津波 : 猶予時間のある遠地津波で、津波警報等に先立って発表する場合。
- 避難指示
- 水害 : 川の水位がはん濫危険水位に達しており更に上昇すると見込まれる場合や、危険度分布「危険(紫)」の場合、ダムの緊急放流の可能性がある場合など。洪水警報が発表された後の段階。
- 土砂災害 : 土砂災害警戒情報が発表された場合や、危険度分布「危険(紫)」の場合、土砂災害の前兆現象が発見された場合など。
- 高潮 : 高潮警報が発表された場合や、高潮特別警報が発表された場合(上陸12時間前)。
- なお風水害では、台風等で避難が難しくなる暴風が予想される場合は風の弱い段階で、夜間から明け方に強い降雨が予想される場合は夕方の時点での発表を検討する。
- 津波 : 津波注意報、津波警報、大津波警報が発表された場合、そのレベルと予想波高に応じて対象地域を拡大する。また、停電や通信支障により警報を受けられない状況下で強い揺れや1分程度以上の長い揺れを感じた場合。
- 津波は猶予時間が短く、避難指示を基本とし、緊急安全確保は出さない。
- 緊急安全確保
- 水害 : 川の水位が堤防を越えると見込まれる場合や、堤防の漏水や亀裂が発見された場合、決壊・越流が既に発生した場合、排水施設の停止で氾濫の危険が高まった場合。危険度分布「災害切迫(黒)」の場合など。
- 土砂災害 : 大雨特別警報(土砂災害)が発表された場合や、危険度分布「災害切迫(黒)」の場合。土砂災害の発生が確認された場合など。
- 高潮 : 堤防の倒壊や水門の故障が発見された場合、越波・越流が既に発生した場合など。なお、基本的には台風の暴風域に入る前に避難指示を発表することが前提であるため、この時点では屋内での安全確保や近距離にある頑丈で高い建物への避難に限定すべきとされる。
災害対策基本法以外でも、以下の法律に規定がある。
- 原子力災害対策特別措置法は、原子力緊急事態宣言がなされるような原子力災害の際、内閣総理大臣が市町村長または都道府県知事に対して「避難勧告」あるいは「避難指示」を発表すべきことを指示することを規定している[28]。
- 地すべり等防止法は、都道府県知事または職員が、地すべりの危険が切迫している地域の住民に対して「避難指示」を発表することを認めている[28]。
- 常時設定されるという点で性質は異なるが、土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律(土砂災害防止法)は、都道府県知事が、がけ崩れ、土石流、地すべりの危険性のある区域を「土砂災害警戒区域」あるいは「土砂災害特別警戒区域」に指定することとしている。実際には「がけ崩れ警戒区域」など土砂災害の種類を冠した名称で設定されている。
- 水防法は、都道府県知事または職員あるいは水防管理者が、洪水や高潮による氾濫の危険が切迫している地域の住民に対して「避難指示」を発表することを認めている。また、水防団長または水防団員あるいは消防職員が、水防上緊急の必要がある場所において「警戒区域」を設定することを認めている[28]。
- 武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律(国民保護法)は、市町村長が、武力攻撃による生命の危険が発生しているあるいは発生しようとしている地域において「警戒区域」を設定することを認めている[28]。
- 消防法は、消防職員又は消防団員が、火災の現場において「消防警戒区域」を設定することを認めている[28]。
注釈
- ^ 2016年12月から2021年5月までは「避難準備・高齢者等避難開始」。2005年から2016年12月までは「避難準備情報」。
- ^ 2021年5月にそれまでの「避難勧告」を統合。なお、2016年12月から2021年5月までは避難勧告との違いを明確化するため「避難指示(緊急)」と括弧書き付記をしていた。
- ^ 2021年5月施行の改正災対法により、一律の立ち退き避難に限定せず、浸水が及ばない高層階居住者などには自らの判断で屋内安全確保も検討するよう促す規定となった(対象地域の住民にまとめて避難指示を出す運用は変わらず)。
- ^ 2019年5月から2021年5月までは「災害発生情報」。
- ^ 内閣府の「避難情報に関するガイドラインの改定(令和3年5月)」(2021年5月発表)において、市町村が各々の事情に応じて基準を設定するにあたっての目安として示された事項を記載している。
避難中の主な被災事例
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- ^ 片田敏孝「東日本大震災にみるわが国の防災の課題」、『安心・安全と地域マネジメント』、27 - 29頁。
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- ^ 片田敏孝「東日本大震災にみるわが国の防災の課題」、『安心・安全と地域マネジメント』、30 - 31頁。
- ^ 片田敏孝「東日本大震災にみるわが国の防災の課題」、『安心・安全と地域マネジメント』、31 - 33頁。
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