西夏学 西夏学の復活(1950年代から1990年代)

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西夏学

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西夏学の復活(1950年代から1990年代)

日本

第二次世界大戦が終わって10年以上経ってから、西夏学が復活した。戦後、最初に西夏学を手掛けた学者は京都大学西田龍雄(1928〜2012)で、1950年代半ばに雲台上の西夏語仏教碑文を研究することから始め、その後50年間にわたって日本を代表する西夏学者になった。1964年から1966年にかけて、西田は約3000文字の辞書を含む西夏語の音韻の再構と西夏文字の解読に関する記念碑的な作品を制作した[15]

西田はまた、華厳経(1975〜1977)や西夏語の儀式に関する詩(1986)の研究も行った。儀式に関する詩の中には、各行が異なる語彙と文法構造を用いて2回書かれているものがあるという事実を説明するために、西田は2つの異なる西夏語のレジスタの存在を提案した。すなわち、ほとんどの西夏語の文は一般のタングート人(「赤面」)の言語を表しているが、儀式に関する詩は支配階級(「黒頭」)の言語を表しており、支配階級の言語は一般の西夏語では失われた言語的基層を保持しているという説である[16]

ソビエト連邦

ソビエト連邦では、ネフスキーの大作であるTangut Philology(西夏語の音韻)が死後1960年に出版、1962年にレーニン賞を受賞したことにより、西夏学に弾みがついた。Tangut Philologyの主要部は、世界で初めて刊行された西夏語の近代辞書である、千ページにわたる西夏語の辞書の草稿であり、新世代の学者に西夏語テキスト研究の門戸を開いた。

1960年代に、E・I・クィチャノフ英語版が率いるレニングラードの東洋写本研究所の若い研究者のグループは、半世紀近く前にカラ・ホトから持ち帰られた膨大な西夏語のテキストの研究と翻訳を始めた[12]。この研究の主な成果の一つはクィチャノフ、クセーニャ・ケピング英語版、V・S・コロコロフ(Всеволод Сергеевич Колоколов)、A・P・テレンティエフ=カタンスキー(Анатолий Павлович Терентьев-Катанский)による、西夏語単一の押韻辞書「文海」の学術編集版(1969)であった。

コロコロフとクィチャノフは以前、中国の道教の古典英語版の西夏語訳版に取り組んでいたが、テキストが非常に読みにくい西夏文字の筆記体で書かれていたため、特に注目に値する。ケピングは、初期の研究が西夏語文法の理解に重要な貢献をし、続けて中国の兵法書孫子の西夏語訳を翻訳した(1979)。ケピングはまた、西夏語に2つの異なるタイプが存在するという西田の理論を拡張し、1つの言語スタイルには「一般的な言語」が表れ、もう1つの言語スタイルが、仏教の採用以前にタングートのシャーマンによって儀式を目的として作られた「儀式言語」が表れているということを提案した。続けてテレンティエフ=カタンスキーは、西夏の書籍の技術的特徴に関する論文(1981)を発表した。他の有力なロシアの学者はミハイル・ソフロノフ(Михаил Викторович Софронов)で、1968年に有力なGrammar of the Tangut Language(西夏語の文法)を出版した[15]

クィチャノフやケピングなどの学者は、西夏の言語と文字に取り組むだけではなく、西夏の歴史、社会、宗教の理解にも重要な貢献をした。1968年、クィチャノフは、西夏の歴史に関する最初の体系的な概要を提供する西夏国の歴史的スケッチを発表した[1]。ケピングは西夏の国家と宗教の関係を研究し、皇帝と皇后によるタントラ仏教の実践が西夏国の運営の中心であるという理論を主張した[17]

中国

中国では、西夏学の再開が遅く、文化大革命によって進歩が妨げられていたため、タングートに関する重要な研究が発表されたのは1970年代後半になってからだった[18]。新世代の西夏学者の先駆者の一人である李範文英語版は、1970年代初頭に西夏の皇帝の墓から西夏の碑文の断片を発掘し、1976年に「同音」の研究、続けて1997年に最初の包括的な西夏語-中国語辞書を出版した[4]。他の若い学者には、史金波英語版、白濱、黄振華がおり、これらの学者たちは1983年に共に文字海の重要な研究と翻訳を生み出した。

台湾では、シナ・チベット比較言語学を専門とする龔煌城(1934〜2010)が西夏語音韻論に取り組み、李范文の1997年の辞書の音声再構を行った。

吉祥遍至口和本続の見開き

この時期に中国では多くの重要な考古学的発見がなされたが、おそらく最も重要なものは、1991年に違法に爆破された寧夏拝寺口方塔英語版遺跡からの、さまざまな歴史的・宗教的アーティファクト、多くの西夏語写本・刊本の発見である[19]。発見品の中には、12世紀後半に印刷されたと考えられる西夏語の仏典吉祥遍至口和本続英語版』が含まれており、これが木活字で印刷された書物の現存する最古の例であると考えられている[20]

中国の学者にとって、西夏仏教も重要な研究テーマだった。1988年、史金波は西夏仏教と西夏仏教美術の有力な概要を生み出した[21]。この分野のもう一人の学者は謝継勝で、西夏タンカの研究を行い、西夏仏教美術に対するチベットのタントラ仏教の影響を調査した。

アメリカ

アメリカでは、西夏学に取り組んでいる学者はほとんどいない。1970年代にリュック・クワンテン英語版は、西夏の外交関係の研究に取り組み[15]、1982年には西夏語と中国語の語彙集『番漢合時掌中珠』の研究を発表した。しかし、アメリカでの西夏の歴史とタングート人研究の第一人者はルース・W・ダネルである。1988年に、ダネルは1094年に建てられた石碑の西夏語と中国語の二言語の碑文の研究と翻訳を行い、1996年には『The Great State of White and High: Buddhism and State Foundation in Eleventh-Century Xia(白く気高き大国:11世紀夏の仏教と建国)』という題名の有力な本を出版し、その本の中でタングートと近隣の民族との関係や西夏国における仏教の役割を考察している[22]

イギリス

クローソンに続いて登場したのは、ニュージーランド出身で1960年代に大英博物館で働いていたエリック・グリンステッド英語版である。彼は、大英博物館のスタイン・コレクションにある『The General's Garden将苑英語版)』と題された作品[23]が、諸葛亮が書いたとされる中国の軍事戦略書の独自の西夏語訳だと明らかにした。また、西夏仏教の仏典九巻の影印本を編集し、1971年に『The Tangut Tripitaka(西夏三蔵)』という題で出版した[24]。グリンステッドの主要な出版物は、『Analysis of the Tangut Script(西夏文字の分析)』(1972)で、その本の中で西夏文字の構造を分析した。更に、西夏語テキストのコンピューター処理で使用する文字に標準コードを割り当てる初期の試みとして、4桁の「テレコード」番号を各西夏文字に割り当てた[25]


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  2. ^ a b Kessler, Adam T. (2012). Song Blue and White Porcelain on the Silk Road. Volume 27 of Studies in Asian Art and Archaeology. Brill. p. 21. ISBN 9789004218598. https://books.google.com/books?id=iABEQXUfmhIC 
  3. ^ Dunnell, Ruth (1992). “The Hsia Origins of the Yüan Institution of Imperial Preceptor”. Asia Major 5: 85–111. 
  4. ^ a b Ikeda, Takumi (2006). “Exploring the Mu-nya people and their language”. Zinbun (39): 19–147. 
  5. ^ Bushell, S.W. (Oct 1899). “The Tangut script in the Nank'ou Pass”. The China Review 24 (2): 65–68. 
  6. ^ Bushell, S.W. (1895–1896). “The Hsi Hsia Dynasty of Tangut, their Money and Peculiar Script”. Journal of the North China Branch of the Royal Asiatic Society 30: 142–160. 
  7. ^ Nishida, Tatsuo (1966). A Study of Hsi-Hsia Language. Tokyo: The Zauho Press. p. 519 
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  13. ^ Clauson, Gerard (1964). “The future of Tangut (Hsi Hsia) studies”. Asia Major 11 (1): 54–77. http://www.ihp.sinica.edu.tw/~asiamajor/pdf/1964/1964-54.pdf. 
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  17. ^ van Driem, George (2001). Languages of the Himalayas. 1. BRILL. p. 456. ISBN 978-90-04-12062-4 
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  19. ^ He Lulu 賀璐璐 (2008年5月4日). “古塔廢墟下的宝藏” (Chinese). 中央人民広播電台. 2012年10月23日閲覧。
  20. ^ Shi Jinbo (史金波) (1997). (Chinese)北京圖書館館刊 (Journal of Beijing Library) (1): 67–80. ISSN 1006-9666. 
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  24. ^ Grinstead, Eric (October 1972). “The Tangut Tripitaka, Some Background Notes”. Sung Studies Newsletter (6): 19–23. http://www.humanities.uci.edu/eastasian/SungYuan/JSYS/Archive/SSN06.pdf. 
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  26. ^ Petra Kappert Fellow”. ハンブルク大学写本文化研究センター. 2012年10月26日閲覧。
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  28. ^ IDP Statistics”. International Dunhuang Project. 2012年10月26日閲覧。
  29. ^ 西夏研究” (Chinese). Ningxia Academy of Social Sciences. 2012年10月23日閲覧。


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