石濱恒夫
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作風
「大阪芸術賞」の贈呈理由として、「大阪をこよなく愛し、大阪の盛り場の叙情を血肉化する数少ない作家」であり、「大阪の風俗・人情を哀感を込めて描く」作家として作品は高く評価されており、「大阪文壇の発展に寄与した功績は大きい」という[3]。
作品
- 「王さまとおうむ」学校劇 上学年(新興出版社 1948年9月)
- 「たのしい広場」(1949年)
- 「みづからを売らず」(1949年[3])
- 「らぷそでい・いん・ぶるう」(1953年)
- 「背番号ゼロ―現代怪談集」(六月社、1956年)
- 「日本アンデルセン」(六月社、1958年)
- 「流転」(創元社、1960年)
- 「大阪ろまん」(全国書房、1967年)
- 「遠い星―早川徳次伝」(春陽文庫(1972年)
- 「追憶の川端康成 ノーベル紀行」 文研出版、1973年)
- 「メルヘン動物園」(日本教文社、1977年)
- 「ふぁざあぐうすの海 父とひとり娘の大西洋横断記」(学習研究社、1978年)
- 「ペリカンのぶとうかい」(三芽出版、1981年7月)
- 「大阪詩情 住吉日記・ミナミーわが街」(朋興社、1983年8月)
詩集
- 「詩集 道頓堀左岸」(1967年)
- 「詩集 地球上自由人」(1976年)
共著
歌謡曲
- 「こいさんのラブ・コール」(1959年/歌唱:フランク永井)
- 「硝子のジョニー」(1961年/歌唱:アイ・ジョージ)
- 「紅子のバラード」(1964年/歌唱:アイ・ジョージ)
- 「芦屋川」(1964年/歌唱:イベット・ジロー)
- 「大阪ろまん」(1967年/歌唱:フランク永井)
校歌
- 大阪府立信太高等学校
- 大阪府立布施高等学校
- 作新学院
- 大阪市立真住中学校
脚注
出典
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