梅宮大社 摂末社

梅宮大社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/03 14:24 UTC 版)

摂末社

摂社

若宮社(京都府登録有形文化財)
護王社(京都府登録有形文化財)
  • 若宮社(京都府登録有形文化財) - 徳川綱吉の命で亀山城主が奉行となり元禄13年(1700年)に再建。
    • 祭神:橘諸兄
    • 例祭:1月6日(橘諸兄薨去日)
    本殿向かって右側に鎮座。祭神の橘諸兄(葛城王)は橘氏の祖[1]。社殿は一間社流造で、屋根は檜皮葺[13]
  • 護王社(京都府登録有形文化財) - 徳川綱吉の命で亀山城主が奉行となり元禄13年(1700年)に再建。
    本殿向かって左側に鎮座。祭神の橘氏公は橘氏の大学別曹である学館院の創建者[1]。また、橘逸勢は嵯峨天皇の側近で三筆の一人[1]。社殿は一間社春日造で、屋根は檜皮葺[14]

末社

そのほか、2007年(平成19年)に境外末社8社(幸神社、天皇社、愛宕社、薬師社、住吉社、厳島社、春日社、天満宮)を合祀した末社社殿が瑞垣の中に鎮座する[1][16]

祭事

年間祭事

梅宮祭

梅宮大社の例祭は、古来「梅宮祭(うめのみやのまつり)」として知られる。祭は古くは1年に2度、4月と11月の上の酉日に行われたという[5]。その起源について『伊呂波字類抄』では、橘嘉智子が祭神を現在地に遷座して祭を行なったことに始まると記している[9]。また『日本三代実録[原 3]では、梅宮祭は承和834年-847年)・仁寿851年-854年)頃から行われたといい、『公事根源』でも承和頃から始まるとしている[6]

史料によると梅宮祭は廃止・復活を度々繰り返しており、元慶3年(879年)4月[原 9]に一度廃止、元慶8年(884年)11月[原 10]に復活、寛平年間(889年-898年[原 11]に再び廃止、寛和2年(986年)11月[原 11]に再び復活するという変遷を経ている[6]。以後は平安時代後期の日記類に見えることから、安定して執り行われたと見られる[6]。この祭の様子は『江家次第』に詳述されており、神児舞・倭舞などが催される雅楽祭で盛観を極めるものであったという[6][9]

梅宮社は橘氏の氏社であったことから、この梅宮祭の祭日には橘氏が奉幣使を務めていた[6]。ただし橘氏の衰退もあって藤原氏による代行も度々行われている[6]。その後、平安時代中後期からは衰退に向かったが[6]、中世・近世にも断続して続けられていた[5]。明治以降は例祭は4月3日の年1回に変わったが[5]、現在では5月3日に移り神幸祭が行われる[9]

文化財

京都府登録有形文化財

  • 梅宮大社 5棟(建造物) - 1983年昭和58年)4月15日登録[17]
    • 本殿
    • 拝殿
    • 境内社若宮社
    • 境内社護王社
    • 楼門

  1. ^ 井手町における梅宮社の旧鎮座地は、井手寺跡南東の字天神の地であったと伝わる。『伊呂波字類抄』では橘嘉智子による遷座後も井手寺内に梅宮社の末社があったというが、その後の同社の経緯は明らかでない (梅宮社跡(平凡社) 1981)。
  2. ^ 「洛」がいずれの京かは不詳であるが、恭仁京を指すとすれば恭仁京右京東南隅と推定する説がある(京都府埋蔵文化財情報 第116号 (PDF) (京都府埋蔵文化財調査研究センター、2011年、p. 16)。
  1. ^ a b c d 『続日本後紀』承和3年(836年)11月壬申(7日)条(神道・神社史料集成参照)。
  2. ^ a b c 『続日本後紀』承和10年(843年)5月辛亥(23日)条(神道・神社史料集成参照)。
  3. ^ a b 『日本三代実録』元慶3年(879年)11月6日条(神道・神社史料集成参照)。
  4. ^ a b c d 『日本三代実録』貞観17年(875年)5月14日条(神道・神社史料集成参照)。
  5. ^ a b 『日本紀略』延喜11年(911年)2月2日条。
  6. ^ a b 『続日本後紀』承和10年(843年)4月己未朔条(神道・神社史料集成参照)。
  7. ^ a b c 『日本三代実録』貞観元年(859年)正月27日条(神道・神社史料集成参照)。
  8. ^ 『続日本後紀』承和10年(843年)10月壬申(17日)条(神道・神社史料集成参照)。
  9. ^ 『日本紀略』元慶3年(879年)4月2日条(神道・神社史料集成参照)。
  10. ^ 『日本三代実録』元慶8年(884年)4月7日条(神道・神社史料集成参照)。
  11. ^ a b 『年中行事抄』4月上酉日梅宮祭事(神道・神社史料集成参照)。
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w 略史.
  2. ^ a b c d e f g h i j 梅宮坐神四社(式内社) 1979.
  3. ^ a b 酒解神(国史) 1985.
  4. ^ 酒解神社(平凡社) 1981.
  5. ^ a b c d e 梅宮大社(国史) 1980.
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 梅宮大社(平凡社) 1979.
  7. ^ 梅宮社跡(平凡社) 1981.
  8. ^ a b c 梅宮神社(角川) 1982.
  9. ^ a b c d e f 梅宮大社(神々) 1986.
  10. ^ a b 神道・神社史料集成.
  11. ^ 梅宮大社 本殿梅宮大社 拝殿梅宮大社 境内社若宮社梅宮大社 境内社護王社梅宮大社 楼門(京都府生涯学習・スポーツ情報)。
  12. ^ 京都の文化財 第1集 1983, pp. 10–11.
  13. ^ 梅宮大社 境内社若宮社(京都府生涯学習・スポーツ情報)。
  14. ^ 梅宮大社 境内社護王社(京都府生涯学習・スポーツ情報)。
  15. ^ 境内説明板。
  16. ^ 梅宮大社由緒略記
  17. ^ 梅宮大社(京都府生涯学習・スポーツ情報)。






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