川岸良兼 川岸良兼の概要

川岸良兼

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/03 02:59 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
 川岸 良兼 
Ryoken Kawagishi
基本情報
名前 川岸 良兼
生年月日 (1966-12-06) 1966年12月6日(52歳)
身長 180 cm (5 ft 11 in)
体重 88 kg (194 lb)
国籍 日本
出身地 石川県小松市
経歴
プロ転向 1989年
成績
優勝回数 日本ツアー:6勝
初優勝 静岡オープン1990年
賞金ランク最高位 日本男子:3位(1990年)
テンプレートを表示

略歴

10歳からゴルフを始め、ジュニア時代からゴルフの才能を発揮し日本大学に進む。ゴルフ部では鈴木亨が主将、川岸が副主将を務め、在学中の1988年に、日本学生ゴルフ選手権競技日本アマチュアゴルフ選手権競技で優勝する。非常に体格が良く一時期ボディビルダーを目指していた時期もあった。

1989年にプロ入り。翌1990年静岡オープンでツアー初優勝。さらに関東オープンABCラークカップにも優勝して、年間3勝を挙げる。1991年にもポカリスエットオープンで優勝。新人選手としての目覚ましい躍進ぶりに加えて、大柄な体格から放たれる豪快なドライバーショットなどから“怪物”と呼ばれた。同じ日本大学出身の後輩丸山茂樹が、「入学して初めて川岸さんのゴルフを間近で見て、絶対に敵わないと思った」などと語るほどの才能の持ち主であり、次代の男子ゴルフ界を担うスター候補の筆頭に挙げられるなど将来を嘱望されていた[1]

しかし、その後スランプに陥り、それ以後のツアー優勝は、1995年JCBクラシック仙台1999年のフィリップモリスチャンピオンシップのみとなる。

2001年には日本ゴルフツアーのシード権(賞金ランキング70位以内)を失うなど低迷。

アメリカツアーにスポット参戦したこともあったが思うような成績があげられず帰国。

2004年ダンロップ・フェニックス選手権で、優勝したタイガー・ウッズと8打差の単独2位に入った。2005年は、つるやオープン三菱ダイヤモンドカップゴルフ日本オープン選手権で2位となる。

2007年には年間賞金ランク102位で、5年ぶりにシード権を失う。

私生活では1992年に同じプロゴルファーの喜多麻子と結婚。娘2人もゴルファーで、次女の川岸史果は2009年の全国中学校ゴルフ選手権で優勝、翌週に主催者推薦で初出場したプロトーナメントで16位に入り、2016年にプロ入りした。

脚注

[ヘルプ]

外部リンク


  1. ^ 『バフィー』CBSソニー出版 1991年1月号 25頁


「川岸良兼」の続きの解説一覧



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「川岸良兼」の関連用語

川岸良兼のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



川岸良兼のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの川岸良兼 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2020 Weblio RSS