口蹄疫 病原体

口蹄疫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/30 22:01 UTC 版)

病原体

口蹄疫を引き起こす口蹄疫ウイルス電子顕微鏡で撮影)。ウイルスの直径は21〜25ナノメートル

ピコルナウイルス科Picornaviridae)アフトウイルス属(Aphthovirus)の口蹄疫ウイルスfoot-and-mouth disease virus, FMDV)によって発生する。ただ単に「アフトウイルス」といえば口蹄疫ウイルスを指す。アメリカ合衆国では Hoofs and mouth disease とも呼ばれることがある。

ラブドウイルス科Rhabdovirideae)ベシクロウイルス属(Vesiculovirus)の水疱性口内炎ウイルス(vesicular stomatitis virus, VSV)による水疱性口内炎も口蹄疫に酷似した症状を示し、牛丘疹性口炎とともに類症鑑別が必要とされる。

1898年ドイツの医学者フリードリヒ・レフラーとポール・フロッシュにより病原体が突き止められ、細菌より小さいことが確かめられた。これが、初めて確認された濾過性病原体=細胞内寄生体の一つである[7]

口蹄疫ウイルスは、大きく分けてO型、A型、C型、SAT-1型、SAT-2型、SAT-3型、Asia-1型の7タイプに分類される。そして各タイプはさらに複数のサブタイプに分けられる。

症状

一般的な症状

病理的にはウイルス血症を起こし、外見的には発熱、元気消失、多量のよだれなどが見られ、舌や口中、蹄(ひづめ)の付け根などの皮膚の軟らかい部位に水疱が形成され、それが破裂して傷口になる。「口蹄疫」という病名はこれに由来する。ただし、水疱が形成されないケースも報告されている。基本的には口蹄疫には他のウイルス感染症と同じように不顕性感染があり、症状がまったくなくても、感染区域にいた牛・豚は感染症の媒介者になり得る。

水疱が破裂した際の傷の痛み(細菌によるその後の二次感染も含む)で摂食や歩行が阻害され、体力を消耗する。幼畜の場合、致死率が50%に達する場合もあるが、成畜では数パーセントである。しかし、上の症状に伴い乳収量や産肉量が減少するため、畜産業に対しては大きな打撃となる。

農水省による公式症状

突然40〜41℃の発熱、元気消失に陥ると同時に多量のよだれがみられ、口、蹄、乳頭等に水疱(水ぶくれ)を形成し、足を引きずる症状が見られる[8]

症状写真と説明

2010年宮崎県の症例

1例目の報告(非定形的症状)

口蹄疫の疑似患畜の1例目に対応した獣医師が宮崎県獣医師会を通じて臨床症状等の詳細を報告している[9]

  • 「初診時(4月9日)には流涎(よだれ)と食欲不振しか認めず、発熱(40℃、4月5日)も半日程度で消失した」ため、初診時は流涎と食欲不振だけしか認めない可能性有り。(よだれも口蹄疫の典型量ではなく、少量)
  • 診療3日目:上唇基部に小豆大の潰瘍を1箇所認め、同時にすぐ横に小豆大の丘疹部(水疱ではない)を手でこすると、脱落し潰瘍を形成した。その時舌は、先端に2cm×3mm程度の表皮の脱落と中央部に退色が見られた。(口蹄疫の潜伏期間を1週間と見て4月12日まで往診)
その後4月16日まで次の異常患畜が出なかったので口蹄疫でないと診断。

2010年の症状

  • しかし今回の発生は10年前に確認された発生と比べ、臨床症状が強く出ること、伝播力が強いという特徴があると考えられる[10]。2000年に動衛研所長だった村上洋介は、当時は「感染させた肉用牛と同居させても、豚にはうつらなかった。(牛も豚も感染した)今回は感染する力が強い」と話している[11]

2010年6月の症状

ワクチン接種から約10日間経過した。豚で、蹄に出血、潰瘍があるものの、鼻に水疱がないものが出てきた。ワクチン接種のための症状緩和か?蹄病変は出ているものの、食欲があったりしている。当初と異なる。(5月には水疱無し、食欲不振が多かった。)

伝播

家畜の伝染病の中では最も伝染力の強い疾病でもあり、典型的な水疱形成前からウイルスが排出される。ウイルス血症を起こすことから感染動物の全て組織、分泌物、糞便が感染源となる。例えば、精液中にもウイルスが含まれるため、交配やウイルス汚染された精液を使用すると人工授精でも感染する。牛乳には水疱形成の4日程度前からウイルスが排出される。

潜伏期間は動物の種類によって異なりウシは約6日、ヒツジは約9日、ブタは約10日とされているが、実際には感染時ウイルス量と関係があり、多量であれば潜伏期間は短くなる。感染した1匹の豚は1日に4億個のウイルス粒子をまき散らし、10粒子で牛を感染させることができる[12]

野鳥、犬、猫、ネズミは口蹄疫に感受性はなく感染しないが、ウイルスを運ぶ可能性があり、移動制限を受ける[13]

病原体が付着した塵により空気感染もする。飼料も感染源となり、ワラに付着した口蹄疫ウイルスは夏では4週間、冬では9週間、フスマでは20週間生存すると言われており、稲藁や麦藁に付着して入ってくる可能性も危惧されている[14]。水疱が破裂した際に出たウイルスや糞便中のウイルスが塵と共に風に乗るなどして陸上では65km、海上では250km以上移動することもある。幾つかの例があるが、実際に1967年から1968年イギリスでの感染事例では、ドーバー海峡を越えフランスから伝播した。また、1981年デンマークからスウェーデンへと伝播している。ヨーロッパ以外では、1985年ヨルダンからイスラエルへの伝播例も報告されている。

アウトブレイクの引き金となる最も重大な感染ルートは肉製品によるものである[15]

宿主

反芻動物では、水疱症状治癒後またはワクチン接種による免疫獲得後にもウイルスは食道や咽頭部位に長期間存在し排出が続く。したがって、免疫を獲得した反芻動物も不顕性感染状態(キャリア)となり再び感染源となる例が報告される。水牛やウシではウイルスを数年間排出し続け、ウイルスは遺伝的な変化を起こす。国際的には、4週間以上排出が続く状態を「キャリア」と定義している。ただし、豚はキャリアにならないとされている。

感染動物の死後

屠殺動物では死後硬直が最大になる頃には、乳酸により組織中のpHは5.7程度まで低下し、筋肉組織内のウイルスは減少する。pHの低下は動物によって(牛は低下が大きくブタは少ない)あるいは個体差がある。しかし、一般的には屠殺後には直ちに冷凍または冷蔵されるため、pH低下によるウイルスの減少は期待できず、脂肪骨髄だけでなく塩漬乾燥調理を施したハムベーコンには不活化されていないウイルスが約180日後も残存することが報告されている。

ヒトへの感染

ウイルス学の立場から、口蹄疫ウイルスは濃厚接触がある場合、感染することがある。発熱や口腔内水疱症等が主症状で輸液等で回復する[16]。また科学的に実証される死亡例は報告されていない。ヒトからヒトへの感染例は確認されていない[17][16]。感染した家畜の肉を食べて感染することはない[15]。加熱処理をしていない生乳を飲んで感染したとする報告はあるが、生乳を飲むこと自体が稀であり、また仮に飲み、そして仮に感染したとしても症状が軽いことから、公衆衛生の問題としては扱われていない[15]。イギリスの公衆衛生検査サービス(PHLS。現在は統合されて 英国健康保護局 (HPA) となっている)の David Brown は、パスチャライゼーション(低温保持殺菌及び高温短時間殺菌)ではこのウイルスを不活化できないだろうと述べている[18]。ただし、パスチャライゼーションされたミルクから感染した例は報告されていない[17]

稀に感染しても、ヒトでの症状は、家畜での症状と違い穏やかである[17]。潜伏期間は2〜6日ほどである[17]。発熱、喉の痛みが起き、足・口内・舌に水泡ができる[17]。最後に水泡が出来た日から約1週間で輸液等だけでほぼ回復する[16][17]。ヒトでの持続感染は知られていない[16][19]。きちんと治療すれば死亡した例も知られていない[16][19]。40例以上のヒトの感染例から見つかったウイルスの型はO型が一番多く、次にC型が多い。A型は稀であった[16][17]

感染による症状自体は問題とはならないものの、ヒトがウイルスの保有者(無症候性キャリア)となり、他の動物への感染源となる可能性がある[16][20]ため、感染源との接触は極力避けなければならない。たとえば、口蹄疫流行国からきた旅行者が、アメリカ合衆国へ入国する場合などに、空港で「過去2週間以内に家畜に触れたことがあるか、家畜の農場にいたことがあるか」等と聞かれることがある。

感染報告の例
  • 1834年、3人の獣医が牛の生乳を故意に飲み、感染したとする報告がある[17]。当時は口蹄疫ウイルスが単離確定されていない[16]
  • 1884年、イギリスのドーバーで205人に感染の疑いがあり、ミルクにより最低でも2人の子供が口蹄疫に感染して死亡したとの報告がある[18]。当時は口蹄疫ウイルスが単離確定されていない[16]
  • 1966年、イギリスのドーバーで感染が確認されているが、予後の記録はない[17][18][21]

なお、ウイルスは単離確定されていなくても、抗体検査は信用性がある。また、1880年代には口蹄疫の抗体検査は確立していた。

農水省は、口蹄疫の報道発表文の冒頭に毎回「口蹄疫は、牛、豚等の偶蹄類の動物の病気であり、人に感染することはありません。」という文を付けている。


  1. ^ 2011年になっても「リストA」疾病というの外国新聞記事があるが、2010年には既に「リストA」は存在しない
  2. ^ わが国に発生した口蹄疫の特徴と防疫の問題点 農研機構(旧動物衛生研究所九州支所)
  3. ^ 宮崎県における口蹄疫の確定診断について(報道発表資料)”. 農林水産省 (2010年4月23日). 2010年5月8日閲覧。
  4. ^ 2005年以降の口蹄疫発生地マップ OIE World Animal Health Information Database
  5. ^ 2005年以降の口蹄疫発生地別件数リスト OIE World Animal Health Information Database
  6. ^ a b 口蹄疫に関する特定家畜伝染病防疫指針(農林水産大臣公表)”. 農林水産省 (2004年12月1日). 2010年5月8日閲覧。
  7. ^ 山内一也 (1997年12月20日). “霊長類フォーラム:人獣共通感染症(第58回)1.ウイルス発見100年記念を目前に / 2.「エマージングウイルスの世紀」”. 日本獣医学会. 2010年4月22日閲覧。
  8. ^ 口蹄疫とは 農林水産省
  9. ^ a b 最近の獣医衛生事情 宮崎大学医学部獣医衛生学教室
  10. ^ 食料・農業・農村政策審議会家畜衛生部会 第13回牛豚等疾病小委員会概要 農林水産省
  11. ^ 感染力前回より強力 岐阜で専門家らシンポ 宮崎日日新聞(2010年6月21日)
  12. ^ Disease Facts - Foot-and-mouth disease 英国家畜衛生研究所
  13. ^ 口てい疫(口蹄疫)について 横浜市衛生研究所
  14. ^ 山内一也(2000年4月19日) 霊長類フォーラム:人獣共通感染症(第96回) 宮崎で発生した口蹄疫 日本獣医学会
  15. ^ a b c Foot-and-Mouth Disease Overview カナダ食品検査局(2008年9月5日) 2010年10月11日閲覧
  16. ^ a b c d e f g h i j 山内一也 (2000年5月28日). “霊長類フォーラム:人獣共通感染症(第99回) 口蹄疫は人に感染するか”. 日本獣医学会. 2010年5月8日閲覧。
  17. ^ a b c d e f g h i Prempeh H, Smith R, Müller B. "Foot and mouth disease: the human consequences The health consequences are slight, the economic ones huge" BMJ. 2001 Mar 10;322(7286):565-6. PMID 11238137
  18. ^ a b c Foot and mouth 'killed people in 1800s' Guardian News and Media
  19. ^ a b George W. Beran (Editor) "Handbook of Zoonoses, Second Edition, Section B: Viral Zoonoses" CRC Press (1994) ISBN 0849332060
  20. ^ 山内一也 (2000年6月6日). “霊長類フォーラム:人獣共通感染症(第99回追加) 口蹄疫は人に感染するか”. 日本獣医学会. 2010年5月8日閲覧。
  21. ^ Foot and Mouth Disease update: further temporary control zone established in Surrey (インターネット・アーカイブ) 英国環境・食料・農村地域省
  22. ^ 徳島県口蹄疫防疫マニュアルp19(参考)
  23. ^ 感染、写真で迅速に判断…農水省通知 読売新聞(2010年6月11日)
  24. ^ 農水省本省動物衛生課には国家公務員上級技術職の獣医師(実務経験有り)が勤務している
  25. ^ 消毒薬が環境に及ぼす影響と対策(最終報)~消毒薬の毒性はこう減らす~”. 鳥取県. 20201021閲覧。
  26. ^ a b c d e f 2015 口蹄疫殺処分における消毒薬使用の廃止、麻酔薬導入の要望”. taronotomo. 2020年10月19日閲覧。
  27. ^ “[http://www.clar.med.tohoku.ac.jp/data/kitei/10th/hoi2-E.pdf Categories of Biomedical Experiments Based on Increasing Ethical Concerns for Non-human Species]”. 東北大学動物実験センター. 20201021閲覧。
  28. ^ 国立大学動物実験施設協議会”. 動物実験処置の苦痛分類に関する解説. 20201021閲覧。
  29. ^ 豚コレラ、ついに4万頭超え。無用に屠殺され、また増やされていくだけ”. 認定NPO法人アニマルライツセンター. 20201021閲覧。
  30. ^ 2つの要領を有効である様な記事やサイトがあるため、注記をしました
  31. ^ 【口蹄疫】「マニュアルは机上の空論」大阪府立大向本准教授 MSN産経ニュース(2010年5月28日) Archived 2010年11月23日, at the Wayback Machine.
  32. ^ 南日本新聞:口蹄疫対応など報告 鹿児島県家畜保健衛生業績発表会:2011 01/14 11:23
  33. ^ 毎日新聞:鹿児島県版: 口蹄疫:県が対策マニュアル策定 初動防疫に重点、1万カ所の埋却地も /鹿児島
  34. ^ a b 口蹄疫対策、海外の教訓は… 防疫、「初動」で明暗ウェブ魚拓) 西日本新聞(2010年5月23日)
  35. ^ NHKクローズアップ現代 2010年6月7日放送
  36. ^ Disease control: Contingency Plan for Exotic Diseases of Animals 英国環境・食料・農村地域省
  37. ^ 今ではマーカーワクチンとして、NSPを除去した精製ワクチンの使用で、感染牛とワクチン接種牛の識別が出来るので、欧米では発生確認後の最初の選択肢にすべきとの意見が有力である。山内一也「口蹄疫対策を科学的に考える」『科学』81(3):205-211,2011年、岩波書店
  38. ^ 国が備蓄している口蹄疫(O型)に対するワクチンの情報 農林水産省
  39. ^ 口蹄疫防疫に使う消毒薬の作り方”. 農研機構(旧動物衛生研究所). 2010年5月6日閲覧。
  40. ^ 「口蹄疫に対する市販消毒薬の効果」平成14年6月28日付、農水省生産局畜産部衛生課事務連絡
  41. ^ 口蹄疫”. 北海道網走家畜保健衛生所. 2010年5月6日閲覧。
  42. ^ 農場への口蹄疫の侵入を防ぐために〜消毒薬の作り方と使い方〜 農林水産省
  43. ^ 日本薬局方ベンザルコニウム塩化物液添付文書情報
  44. ^ 1.宮崎県での口蹄疫患畜の発生について(平成22年4月)(千葉県は全国屈指の酪農先進県とされる)
  45. ^ 宮崎県農場衛生管理マニュアル(要約版)
  46. ^ 口蹄疫防疫対応マニュアル:北海道:平成15年
  47. ^ 英国アンテック・インターナショナル社が製造し、バイエル薬品が輸入する「アンテック・ビルコンS」
  48. ^ 非常に必要なのは防疫体制なんですが、普通の消毒薬では口蹄疫には効きません。一番一般的に言われるのはビルコンSという薬なんですが、これが全くの品薄です。手に入りません。(平成22年04月22日衆議院農林水産委員会速記録(議事速報) 江藤拓委員p2下段
  49. ^ バイエル薬品、複合次亜塩素酸系消毒薬 「アンテックビルコンS」を追加・緊急輸入 2010年5月20日プレスリリース
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  51. ^ Leforban Y., Gerbier G(2002). "Review of the status of foot and mouth disease and approach to control/eradication in Europe and Central Asia". Rev Sci Tech 21(3):477–492. PMID 12523688.
  52. ^ 諏訪綱雄 家畜伝染病の病名は時代によって変わる 茨城県畜産協会
  53. ^ 19th February, 2001: UK Foot and Mouth crisis begins MSN News: The decade in pictures
  54. ^ 파주에 괴질...가축 '비상'(坡州に原因不明の病気……家畜'非常') 朝鮮日報
  55. ^ 韓国における口蹄疫の発生状況(2010年1月〜5月10日) 農林水産省
  56. ^ 韓国で口蹄疫の感染拡大、8頭目が内陸でみつかる 国際ニュース(2010年4月22日)
  57. ^ 口蹄疫、新たに11農家で疑い例…牛豚23頭 読売新聞(2010年5月11日)






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